原子力技術研究所 放射線安全研究センター

HOME > イベント報告 > 低線量放射線研究成果発表会〜線量率効果を考える

低線量放射線研究成果発表会
「線量率効果を考える」


(平成16年12月13日開催)


 平成16年12月13日(月)、電力中央研究所狛江地区において、低線量放射線研究成果発表会「線量率効果を考える」を開催いたしました。
 今回は、
「長期にわたって受ける放射線の影響は線量率に大きく依存する」ことに注目、細胞、動物実験、高自然放射線地域住民の疫学調査結果など最新の研究成果を紹介し、放射線影響に関心の高い皆様方との議論の場とすることを目指しました。
 当日は、法村俊之先生(産業医科大学)、馬替純二先生(産業創造研究所)、三根真理子先生(長崎大学)および秋葉澄伯先生(鹿児島大学)をお招きしてご講演をいただいたほか、当センターの3名の研究者から成果報告を行いました。講演に引き続き、総合討論でも、多くのご参加の方々(総数112名)を交え、活発な意見交換がなされました。

【横山原子力技術研究所長あいさつ】
 
今から約20年前、放射線は微量であれば生体に有益な刺激効果を生じる場合もあるという仮説が提唱され、従来の「放射線照射は危険である」という定説に疑問が投げかけられた。
 電力中央研究所はこの仮説にいち早く注目し、1988年から低線量放射線による老化、がん抑制等の効果を確認する研究を開始し、約15年の時間をかけて短期照射という限られた条件ではあるが、様々な生体機能を刺激する効果が存在する事実を明らかにした。2000年には低線量放射線研究センターを設立して、これまでの短期間の照射から低線量率放射線を長期にわたって照射する実験に主体を移し、主に動物実験によって低線量・低線量率放射線が生物に及ぼす影響の研究を進めてきた。また、研究成果を外部へ積極的に発信し、さらに各種講演会を開催するなど、低線量・低線量率放射線の影響について正しい理解を得る活動に努めてきた。
 これまでの研究成果から、放射線の生物影響は「線量」だけでなく「線量率」にも大きく依存することが明らかになってきた。本発表会では、特に「線量率効果」に着目した最新の研究成果を紹介し、様々な分野の方々に議論していただくことによって、今後の研究をより一層充実させていきたいと考えている。


【講演】

「突然変異誘発における線量率効果」
 産業医科大学 医学部 教授  法村 俊之
 DNAに損傷が生じると、細胞はその損傷を認識・修復するが、修復が完全でなければ後に突然変異を誘発する可能性がある。p53遺伝子は、DNAに異常を持つ細胞にアポトーシス(細胞の自爆)を誘導し、異常細胞が組織内に拡大するのを防いでいると考えられている。
 p53遺伝子が正常に働くマウスに、3Gyのガンマ線を高線量率で急照射すると、ある種の細胞表面分子の突然変異は多発するが、低線量率の緩照射では突然変異の有意な増加はみられない。一方、p53遺伝子が正常に働かないマウスでは、低線量率での緩照射でも突然変異は増加する。
 これらの結果は、p53遺伝子の機能は、重篤な障害を受けた細胞においてDNA修復ミスを起こした細胞を取り除き、異常な細胞の生き残りを阻止するという組織レベルでの高次の生体防御機構であり、低線量放射線を緩照射する場合には、この機構が適切に働くことを示している。


「線量率を考慮した放射線影響モデル」
(財)産業創造研究所 生物工学研究部
 主席研究員  馬替 純二
 しきい値なし直線モデルには、照射時間という概念が入っておらず、また、低線量域での影響は高線量・高線量率でのデータを基にした推測であるので、低線量・低線量率放射線のリスク評価に用いる際には問題がある。
 そのため、ヒトの細胞を用いた実際のデータから、生物応答の変化を線量、線量率および照射時間という3つのパラメータの関数として表現する数理モデルを構築した(MOEモデル)。これによると、ある一定の放射線の影響が現れるのに必要な線量を表す中間効果線量(MED)は、高線量率では線量率に依存せず一定値に近づき、逆に線量率が限りなく小さくなるとMEDは限りなく大きくなり、放射線のリスクはゼロに近づくことがわかる。

原爆被爆者の調査研究からみた放射線のリスク」
 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科
 附属原爆後障害医療研究施設 助教授 三根 真理子
 放射線のリスクに関する研究は、細胞・動物など用いて行われているが、これらの実験結果をそのままヒトにあてはめることはできない。ヒトへの影響を見るデータとしては、原爆被爆者の疫学調査の結果が最も多用されており、財団法人放射線影響研究所(RERF)は、このデータを最大規模かつ長期わたって蓄積・解析している。
 公開されているRERFのデータを利用して、放射線と死亡リスクとの関連を、がん死およびがん死以外に大別してそれぞれの相対リスク(被爆者と非被爆者の死亡率の比)を独自に解析した。
 解析の結果、がんのリスクは高線量域において増加するが、低線量域では相対リスクは1以下であった。また、がん以外の死亡と被ばく線量との関係は、広島および長崎両市の被災者とも相対リスクは1より低く、特に長崎おいては低めの傾向が強く認められた。

「高自然放射線地域住民の調査について」
 鹿児島大学 医学部 教授  秋葉 澄伯
 中国・インド・イランには、自然放射線の量が世界平均の3〜10倍に達する地域がある。低線量率の放射線を長期にわたって被ばくした場合の人体への影響を調べるため、これらの地域住民の健康調査が実施されている。
 中国広東省陽江は、自然放射線レベルが世界平均の3倍以上である。約7万人を調査した結果、がん死亡の有意な増加はない。染色体異常に増加が見られるが、増加したのは不安定型異常と呼ばれるものだけであり、このような異常を持つ細胞は分裂する際に死んでしまうため、悪性疾患の増加に結びつくものではない。
 インドのケララ州には、自然放射線レベルが世界平均の5倍以上の地域がある。約20万人について生活習慣調査とがん登録がなされており、これまでの解析事例ではがんの増加は認められていない。
 イランのラムサール地方には、自然放射線レベルが100倍以上に達する地域があり、これから本格的な調査を行う予定である。

【当センターからの研究成果発表】

‐電中研の研究成果に見る線量率効果‐
「マウス個体レベルの影響を指標として」
 上席研究員  酒井 一夫
 マウスに1.8Gyの急照射を週1回計4回繰り返すと(総線量7.2Gy)、約9割のマウスに胸腺リンパ腫が生じた。しかし、同じ総線量を1mGy/hrで緩照射した場合には、胸腺リンパ腫の発生は全く見られず、さらに総線量10Gyを超えるまで照射を続けても同様であった。
 このような「線量率効果」には、生体の 「防御機能 」の関与が考えられる。すなわち、高線量率被ばくには防御能力では対処しきれずに障害が現れるが、低線量率の場合には生体がそれぞれの時点で対処できるので、障害は生じない。
 胸腺リンパ腫の例では、高線量率と低線量率の照射を併用すると、発症率が約90%から約40%にまで低下するが、これは線量率が低くなると障害の程度が少ないだけでなく、生体防御機能を増強する可能性を示唆している。

「ショウジョウバエにおける突然変異誘発を指標として」
 上級特別契約研究員  小穴 孝夫
 X線照射によるショウジョウバエの突然変異誘発に注目したMullerやOliverの実験結果は、しきい値なし直線モデルの確立に大きく貢献した。
 しかし、彼らの論文やその後の多くの論文では、DNA修復機能をもたず、細胞分裂もしない(がんになり得ない)状態の成熟精子を使用し、これに高線量率で放射線を照射する実験を行ったものである。このように限られた実験データをよりどころにしたしきい値なし直線モデルによって発がんリスクを評価し、放射線防護基準に反映するという考え方は果たして適切であろうか。
 以前、我々はショウジョウバエの体細胞を用いたX線照射による突然変異の誘発において約1Gyという大きなしきい値を見い出した。また、DNA修復機能を失う以前の未熟な精子を用いて実験を行ったところ、低線量・低線量率照射群では突然変異の頻度が非照射群よりも低く、しきい値が存在することが確認された。

「DNA損傷および遺伝子発現を指標として」
研究員  大塚 健介
 正常な細胞はDNAの損傷を修復する機構を備えており、軽微なDNAの損傷であればこれを修復し、正常な働きを保つことが知られている。
 マウスに低線量率放射線(1.2mGy/hr)を長期間照射し(23日間)、同じ総線量の高線量率(96Gy/hr)短期照射の場合と比較すると、脾臓細胞におけるDNAの損傷量は有意に小さくなることがわかった。高線量率で活性化することが知られている遺伝子のうち4種に注目し、低線量率放射線での活性化レベルを調べたところ、1つだけが微弱な活性化を示した。このことは、放射線による生物作用を考える上で、遺伝子の応答という基本的な現象レベルから「線量率効果」が見られることを示している。

【総合討論】

 講演ののち、当センター酒井上席研究員を座長として、各講演者参加による総合討論が行われました。講演者からだけでなく、会場からも質問や意見が相次ぎ、活発な議論が交わされました。


【総合討論のまとめ】
 「線量率効果」について研究を進めていくうちに、生命現象の本質に関わる問題であることがわかってきた。当センターにおいて、これまでの様々な知見を取りまとめた「線量・線量率マップ」によれば、放射線の影響が線量率に大きく依存し、しきい値なし直線仮説が示すものとは異なることは明らかである。生物実験研究と疫学調査研究を結びつけて、広い線量率の範囲で放射線影響を理解することが今後の課題となる。

総合討論での議論の詳細はこちら

 今回は、線量率効果の重要性と今後の課題とを再認識し、共有できた点で有意義な研究発表会となりました。開催にあたり、ご講演頂いた先生方、会場まで足を運んでいただいた多数の方々及び関係者各位に、この場をお借りして心よりお礼を申し上げます。

このページのTOPへ

Copyright (C) Central Research Institute of Electric Power Industry