本連載では、これまで主に英国の電気事業の制度面の変遷に着目してきた。今回は、この様な事業環境変化に対応し、電力会社がどの様に変化してきたかに着目したい。
【国営から民営へ】
英国では、1990年に国営だった電気事業の民営化が行われた。イングランド・ウェールズ地域の発電と送電を担っていた中央電力庁は、発電会社3つと送電会社1つに分割民営化された。また、同地域の配電と小売を担う12地域の配電局と、スコットランド地域の垂直統合の2つの電気局は、民営化されて14の地域電力会社に再編された。
【相次ぐ買収劇で5大電力に淘汰】
民営化後の各社の変遷はめまぐるしい。14の地域電力会社は、民営化された発電会社や、米国、ドイツなどの電力会社等によって次々と買収された。その過程で、配電と小売が別々に売却されたケースも多い。
買収劇が繰り返された末、最終的に5大電力にまで淘汰が進んだ。うち4社は、現在では外資が保有する。
【事業者毎に多様な事業ポートフォリオの組替】
5大電力は、2000年前半時点で、発電・配電(一部例外あり)・小売を事業ポートフォリオとして保有する垂直統合型の事業者であった。送電事業を保有しない以外は、比較的わが国の垂直統合型の電力会社と類似していたといえる。
しかし、5社はその後、それぞれ異なる戦略の下で事業ポートフォリオを変化させている。ここでは、英国において特徴的な事例として、規制事業である配電に対する各社の戦略の違いに注目する。一般に、各社のリスク耐性の違いがそれぞれの戦略に影響していると指摘できる。
5大電力の親会社であるドイツのRWEは、地域電力会社を買収した発電会社イノジーをさらに買収することで、2002年に英国市場に参入した。イノジーは、地域電力会社を買収した際に配電事業を売却している。つまり、RWEは英国参入時点で配電事業を保有せず、発電や小売等の競争事業をドメインと捉えていたといえる。
一方、ドイツE.ONとフランスEdFも、地域電力会社、もしくはそれを吸収した発電会社の買収により、2000年前後に英国市場に参入し、それぞれ5大電力の一角を占めた。当初は配電事業も事業ポートフォリオに組み込んでいたが、2010年頃、両社とも配電事業を売却している。E.ONはこれについて、英国での事業展開においては、規制の厳しい配電事業にシナジーが認められないと述べており、ポートフォリオの組替を行って競争事業にドメインを移したことがわかる。
なお、E.ONから配電事業を買収した米国のPPLは、E.ONとは真逆の戦略をとり、競争事業である小売を売却して規制事業である配電に特化している。 5大電力のうち現在でも配電事業を保有するのはSSE(英国資本)とスコティッシュパワー(スペイン資本)である。SSEは、競争事業と規制事業をバランス良く保有することを戦略の一つとして掲げている。
【競争事業と規制事業の担い手の分化】
この様に、5大電力の競争事業と規制事業に対する戦略の違いは、結果的に業界の事業者構成にも影響を与えた。
一般に、5大電力と国営ガス公社が分割民営化して誕生したセントリカを合わせて、ビッグ6と呼ぶ。自由化以降、発電・小売市場の双方で長期にわたり、このビッグ6が全英シェアの大半を占め続けていることは、わが国でもよく知られている。
一方、配電事業においては、配電事業者6社中、5大電力は2社のみである。6社中5社は、中国資本や銀行系のファンド等の外資に保有されている。
この様に、英国では同じ電気事業でも、競争事業と規制事業で主な担い手が異なるが、これは5大電力の事業ポートフォリオの戦略的組替の結果なのである。
【事業環境の変化に伴い事業者の変化も不可避】
英国の場合、制度改革のスタート地点が国営事業の民営化であり、かつ外資が自由に入りやすい環境にあった。これらを踏まえると、英国でみられた事業者の激変が、わが国でも生じるとは限らない。ただ、従来垂直統合によって内包されていた事業が、競争事業と規制事業など、複数の性格の異なる事業に分かれることは、わが国でも同様である。
競争の進展により事業環境が変化すれば、事業者自身も変化しなければ生き残れない。事業ドメインをどこに置くのか、どのような価値を提供するのか、事業者が経営戦略を深化させれば、事業ポートフォリオの組替も必須となるであろう。
電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 上席研究員
筒井 美樹/つつい みき
1994年入所。博士(政策研究)。専門は効率性分析、エネルギー事業戦略分析。
電気新聞2017年9月25日掲載
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