本「ゼミナール」は、震災直後の2011年7月より連載を開始し、近々累計150回を迎える。この間、電気事業制度の一連の改革に目処が付きつつあるとともに、一部の原子力発電所が再稼動を果たしたものの、規制や司法に関わる課題を抱え続けており、さらにはエネルギー基本計画改定やパリ協定の下での排出目標策定など、なお多くのハードルを越えて行かねばならない。本欄読者諸姉諸兄のご愛読に改めて感謝申し上げるとともに、2018年が実り多き年となるため、本欄が引き続き少しでもお役に立つよう努めて行きたい。
【変わり行く社会の将来像を見通す】
今後を見通すと、2020年の電力システム改革の「完成」を経ても、制度の運用を通じた手直しや抜本的な修正は欠かせない。
また、昨今の国際社会情勢の変化や、その影響を受けた国内での対応も、時定数が一層短くなるとともに、振幅も拡大している。
予想される日本社会の変貌を先取りした対応が、電気事業にも要求される。この意味で、将来の社会の変容を見通していくことは、電気事業の中央研究機関たる私どもにとって、常日頃考察を怠ることなく取り組むべき課題と認識する。
【「分断」という社会像とその帰結】
世界エネルギー会議(WEC)の2016年の報告書「大変遷」では、将来の社会像に着目した世界シナリオが提示されている。その特徴を、次の両極端の対比で捉えてみる。
・ハードロック:各国・各地域が自らの利害に基づいた政策展開を行う結果、世界秩序や市場の分断が生じる。
・未完成の交響曲:強固な世界秩序の枠内で、各国政府の統率の下、協調的な政策が採られる。
前者の特徴である「分断」を、法政大の水野和夫氏は、近刊「閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済」の中で、次の2つのレベルで論じている。
・外交・軍事レベルの「地政学的分断」:超大国群(米国、EU、中国など)が、自国の利害を優先し、相互にせめぎ合う。
・地域レベルでの「地経学的分断」:経済成長の限界を迎えた各地方経済圏は、個別に自給自足的な「閉じた」経済圏を形成する。
前者については、自国の利害を最優先に考慮する各国が、国際社会の中で影響力を行使するためには、一定以上の規模の国あるいは連合国として振舞うことを必要とする。その分断構造の中で、日本ほかの国々は、独自の地歩を求めて超大国間の狭間で荒波に翻弄されるか、いずれかの超大国ブロックに与するかの選択を迫られる。
後者の地経学的分断は、地方自治体の財政悪化を背景に、日本全国に張り巡らされた社会インフラが、少なくとも部分的に維持不可能になっていくことをも示唆している。人口動態やライフスタイルについても、地域毎の発展・衰退の変化の影響を直接に受ける。これらの結果、電気事業が有していた、安定供給やユニバーサルサービスといった公益事業的性格も変質を迫られることになろう。
【今後を占う鍵:イノベーション】
もちろん、「分断」の社会像の蓋然性を疑う見方もできよう。
外交・軍事レベルの分断の発生を阻むもしくは緩和する道筋は、「協調」の社会像が示唆する国際秩序の再確立である。現時点では、米国トランプ政権の成立や英国のEU離脱など、「協調」を揺るがし分断に向かう趨勢が強まりつつあるが、粘り強い交渉と調整を通じた国際秩序の維持発展に向けた努力を諦めるべきではない。
地経学的分断の抑制に有効と考えられるのは、イノベーションによる経済成長の持続である。既に高度な発展段階にある日本経済では、モノに対するニーズがほぼ充足した結果、内需拡大による経済成長の余地が小さくなっている。今後は、体験といった新たなサービス(モノに対比して言えば、「コト」)を編み出し、提供する、魅力ある新事業の創出をもたらすイノベーションが、経済成長のドライバとなり得る。その成功如何によっては、地経学的分断の回避も可能になる。
当所では、今後の日本社会が遂げていくであろう変容、その中で電気事業が果たしていくべき役割、そしてそこで重要な鍵を握るイノベーションの行方について、知見を重ねつつ、有益な視点や施策をお示ししていく。
電力中央研究所 社会経済研究所長 研究参事
長野 浩司/ながの こうじ
1987年度入所、社会経済研究所長・研究参事、専門はエネルギー政策・エネルギーシステム分析、博士(工学)
電気新聞2018年1月17日掲載
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