電気新聞ゼミナール

2018.08.08

時系列データによる長期の卸電力価格の予測は有用か?

  • 電気事業制度
  • 企業・消費者行動

電気新聞ゼミナール(161)

【卸電力価格予測の必要性の高まり】

 電力システム改革の進展を受けて、日本卸電力取引所スポット市場の取引量は急激に拡大し、2017年度には電気事業者の販売電力量の7%近くに達した。取引量が増えると、市場価格(卸価格)が電気事業の収入や費用にもたらす影響は強まるため、卸価格の将来予測は事業計画の策定上重要となる。先物市場が整備されている海外ではその価格が参考になり、わが国でも近々創設予定だが、現状では信頼性の高い将来の価格指標は存在しないため、何らかの方法で予測する必要がある。そこで、当所で行った長期の卸価格予測に関する手法の検討について紹介する。

【時系列データを用いた卸価格予測】

 予測手法は多岐にわたるが、特に翌日や1週間先までといった短期では、過去の卸価格(時系列データ)を用いる時系列予測が多く行われている。他方で長期になると、市場構造の変化等による予測精度の低下が懸念され、1年以上先まで予測する研究はほとんど見られない。しかし、過去の卸価格には市場参加者の入札行動や市場価格のトレンドが反映されており、これらの情報は長期予測においてもある程度有用と考えられる。そこで今回は3年先までの卸価格の時系列予測を行い、その精度を検証した。

【卸価格の推移はある程度予測可能】

 時系列予測では、ある時点の卸価格とそれ以前の卸価格との関係を時系列データに基づいてモデル化する。今回は、過去の卸価格に加えて、燃料価格や電源構成等の諸要因と卸価格の関係も考慮する。このモデルを用いて将来の価格を予測するが、将来価格は未知であり、予測誤差を計測できない。そこで今回はモデル化に用いるデータの期間を2005年の取引開始から2014年9月までとし、モデルによる予測価格と実際の価格を比較して誤差を計測する期間を2014年10月から2017年9月までの3年間とした。
 予測価格を実際の価格と比べると、価格推移の全体的な傾向はある程度予測できている(図)。予測誤差は平均で1キロワット時あたり0.7円程度(3年間の平均価格に対して約7%)であった。
 図には示していないが、モデルでは、燃料価格の上昇期には卸価格も上昇し、短期限界費用の低い原子力や再生可能エネ電源による発電電力量の割合が増加する時期には卸価格は低下する傾向が示された。これは、予測モデルが、電源の運用特性や経済性に基づいて、価格の推移を合理的に説明できていることを示唆している。

【時系列予測は有用な手法となりうる】

 時系列予測は過去のデータに基づくため、将来の構造変化はその精度に影響しうる。しかし、システム改革による環境変化前からのデータを用いて直近3年間の卸価格をある程度予測できたことから、構造変化による予測精度の低下を考慮しても、時系列データを用いた長期予測は、新市場創設以後も一定の有用性を保持すると考えられる。他方、複雑化する市場環境を適切にモデル化するためには一層の工夫が必要であり、たとえば様々な要因が絡み合う複雑な関係をモデル化できる機械学習を用いた長期予測の有用性などについても精査していきたい。

電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 主任研究員
井上 智弘/いのうえ ともひろ
2011年入所。博士(経済学)。

電気新聞2018年8月8日掲載
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