電気新聞ゼミナール

2018.10.17

ヒンクリーポイントC原子力発電所建設支援策への裁判所の判断が持つ意味は?

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電気新聞ゼミナール(166)

 イギリスは、ヒンクリーポイントC原子力発電所(HPC)の建設に対し、①政治的理由による早期閉鎖等への補償を含む、差分契約による料金保証、②発行する債券への国の債務保証、③補償に関する国務大臣との特約の三項目からなる支援策を提案した。欧州委員会は提案を一部修正した上で、二〇一四年十二月に欧州連合(EU)の競争を歪める国家補助には該当しないとした(2015年3月23日掲載分)。
 オーストリアは、反原子力の立場からこの決定の取消を求め、二〇一五年六月に欧州司法裁判所に提訴した。第一審の一般裁判所は二〇一八年七月にこの訴えを退ける判決を下した。
 以下、この判決から窺える、競争環境下の原子力発電の支援策に関する裁判所の考え方を見ていく。

【各国の態度が異なる中での原子力の推進】

 オーストリアは、自国のように反原子力政策を採るEU加盟国がある以上、原子力発電への支援は、国家補助が認められる前提である「共通の利益」に当たらないと主張した。これに対し裁判所は、共通の利益とは全ての、あるいは過半数の加盟国が共有するものである必要はなく、当該加盟国にとっての利益であればよいとした。その上で、EU法上、加盟国には自国のエネルギー政策に基づきエネルギーミックスを選択する権利が認められており、EUとして原子力の推進を否定している訳ではないことから、イギリスによる支援策は「共通の利益」に該当するとの判断を示した。

【運転に対する補助と投資に対する補助】

 日々の事業活動での支出を補填する「運転に対する補助」は、競争環境と両立する国家補助としては認められない。事前に定めた価格と市場の参照価格の差分を補填する差分契約は、運転に対する補助であり、両立性がないとオーストリアは主張した。裁判所は、差分契約をはじめとする今回の支援策は、巨額の資本費の長期回収を認めるとともに、政府の態度変更による早期閉鎖のリスクの回避を通じ、原子力発電に対する投資インセンティブを確保することを目的とした「投資に対する補助」であり、競争環境との両立性を認めうるとした。

【支援策と市場の失敗】

 裁判所はさらに、卸電力市場の機能が完全であっても、国の介入なしには合理的な期間内に新規原子力発電所の建設という目標が達成できないのであれば、支援は認められるとし、「市場の失敗」は、国家補助の必要条件ではないとの判断を示した。

【再生エネとの比較】

 オーストリアは、環境保護などの観点からは、再生可能エネへの支援も考慮されるべきであるし、原子力への支援も、再生可能エネへの支援に関するガイドラインと同様の規制に服すべきだとした。裁判所は、イギリスが目指したのは原子力の推進であり、再生可能エネは対象外である上に、原子力に対する国家補助のガイドラインは存在せず、欧州委員会による裁量が認められるとして、その主張を退けた。

【今後と日本へのインプリケーション】

 オーストリアは、判決を不服とし、九月に上訴した。オーストリアの真の目的は、EUとして原子力推進を否定し、支援を認めさせないことにあるが、EU法が加盟国のエネルギーミックス選択権を保障する中、その主張が認められる可能性は低い。また、原子力を認めることになるとして、環境・エネルギー関連の国家補助ガイドライン制定の際に原子力に関する規定を設けさせなかったことが、欧州委員会による広範な裁量権行使と、それによる支援策の容認に繫がるという皮肉な結果も生じている。
 今回の判決は、「自国のエネルギーミックスの中で、原子力をどのように位置付けるのか」という明確な方針の存在が、競争環境下において原子力を推進するための国の支援の前提となるという、欧州委員会の考え方を確認したものと位置付けられる。
  日本にはEUのような国家補助の考え方はないものの、競争環境下における原子力の位置付けを考える上では、参考になる議論であるといえる。

電力中央研究所 社会経済研究所 副研究参事
丸山 真弘/まるやま まさひろ
1990年入所 専門は電気事業法制度論

電気新聞2018年10月17日掲載
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