電気新聞ゼミナール

2019.11.20

AIや機械学習をめぐる、知的財産制度の課題は?

  • 電気事業制度
  • 企業・消費者行動

電気新聞ゼミナール(196)

佐藤 佳邦  

 機械学習とは、文字や画像などの「学習用データ」を大量にコンピュータに読み込ませて、これを「アルゴリズム」と呼ばれる一定の解法で解析し、各種の判定や予測等を可能とする「学習済みモデル」と呼ばれるプログラムを開発する技術を言う。従来も、認識・予測・対話といった広義の人工知能(AI)技術の開発が進められてきたが、今日、機械学習、とりわけ深層学習技術の進展でいわゆる第三次AIブームを迎えている。

【知的財産制度の整備の必要性と課題】

 この流れを支援すべく、著作権法が改正され、本年一月に施行された。これにより、学習用データが第三者の著作物を含んでいても、機械学習に用いるための複製であれば、原則、権利者の許諾は不要であることが明確化されるなどした。
 電気事業でも設備診断などで各種AI技術の活用が見込まれるが、研究成果の確保策など、知的財産制度にまつわる課題は多い。そこで本稿では、学習用データと学習済みモデルの権利確保のあり方と、AI生成物の問題について述べたい。

【学習用データや学習済みモデルの保護】

 機械学習に使う学習用データは、解析に先立ち、解析可能な形へ一定の処理を要する。データの収集や処理にはときに莫大な費用を要するため、第三者による無断使用を防ぐことが不可欠である。しかし、データ自体には著作権は生じないため、情報管理の徹底のほか、後述する営業秘密としての権利確保が重要な手段となる。
 次に、学習済みモデルの保護はどうか。おおまかに言うと学習済みモデルは、アルゴリズムと、予測などに用いられる、学習の成果たる「学習済みパラメータ」(以下、パラメータ)からなる。前者は公知のものが用いられることも多いため、後者の権利確保がより重要となる。
 パラメータは、極端に言えば数値の羅列(行列)にすぎず、通常は著作権が生じないため、不正競争防止法上の営業秘密としての権利確保が有効である。しかし、例えばライセンス交渉の場でパラメータをみだりに他者に開示すると、営業秘密保護の要件である「非公知性」や「秘密管理性」が失われるため、注意を要する。これを防ぐには秘密保持契約の事前締結などが必要である。
  また、学習済みモデルを搭載した機器を販売した場合、他の事業者がリバース・エンジニアリングなどの手法でパラメータの内容を容易に知ることができれば、秘密管理性が否定され、営業秘密として保護されない。このため、パラメータの記録媒体の暗号化といった技術的保護手段や、当該チップの開封を試みると物理的に破壊され読み出し不能とする設計などが提案されている。

【AI生成物は著作権等で保護されるか?】

 AI技術の水準向上に伴い、「AIが出力した生成物に、各種の知的財産権は認められるか」が検討課題となりつつある。
 著作権に絞って述べると、究極的には人間の「思想又は感情を創作的に表現したもの」という著作物の定義に当てはまるかで判断するしかない。その判断の際には、①AIを道具として用いつつも人間が創作したと評価できるか、それとも、②人間の寄与は限定的でAI自身が出力したと評価すべきか、が基準となろう。
 例えば、人間がAIを活用しつつも、絵の構成を詳細に指示し、マウスで一部を描けば、その絵は著作物とされる余地があろう。他方、人間がAIを組み込んだソフトに「山の絵を描け。背景は青空」とだけ指示しても、それはアイデア(思想又は感情)にすぎず、出力された絵は創作性を欠く(著作物ではない)と判断されよう。
 関連して、人間が関与しないAI生成物について、人間が創作(または発明)したと偽って権利を主張する者が出現するおそれが指摘されている。これが「僭称コンテンツ」と呼ばれる問題である。刑法の詐欺罪の適用による対処などが提案されているが、将来の課題である。

【開発段階から権利確保の視点を】

 電気事業でも、各種のAI技術はすでに実装段階にある。競争者による成果のタダ乗りを防止し、収益を確実なものとするために、研究開発段階からの、権利確保策の検討が必要であろう。

電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 主任研究員
佐藤 佳邦/さとう よしくに
2006年入所。専門は経済法。

電気新聞2019年11月20日掲載
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