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大転換時代を迎えた日本経済

1. はじめに

 今、日本経済は50年、100年に一度遭遇するような大転換の時代を迎えている。経済社会システムは、大きく変わりつつある。2025年までのおよそ20年先までを視野に、日本経済の将来を見通すためには、長期的な視点から日本経済の現状を分析することが不可欠である。そこで1980年代半ばから現在までの経済情勢を概観するとともに、長期展望の視点となる21世紀初頭の「三大潮流」と「三大リスク」について整理しておこう。

2. バブル以降の経済変動

 1985年の先進5カ国蔵相会議(G5)でドル高是正に向けた合意がなされた。このプラザ合意で急激な円高・ドル安が進行し、わずか半年の間に円レートは対ドルで一気に50円も高くなった。これが円高ショックだ。この円高不況に対して、政府は財政金融政策を発動した。企業は積極的にリストラクチャリング(再構築)を推し進め、貿易摩擦対策として欧米での現地生産を拡大した。日本経済は本格的な内需主導型の経済に移行した。 やがて日本はバブル経済に突入していく。アメリカからの外圧もあって金融緩和・低金利政策が長期化した。公定歩合は86年初に引き下げられ、87年には史上最低の2%にまで低下し、89年春まで低金利が続いた。金融緩和が長期化し好景気が続いた(図1)。人々の期待成長率が高まり、右肩上がりの成長神話が一段と広まった。こうした楽観的予想がさらに株価、地価を押し上げた。

図1 経済成長率、株価等の推移

 89年末からバブルは崩壊し始める。89年に入り日銀は経済拡大に伴う物価上昇の予防的措置として公定歩合の引き上げに踏み切きった。2年7ヶ月に及ぶ金融緩和政策は終焉し、これを契機に株価が下落し始めた。日経平均株価は1989年12月29日の38,915円をピークに下落に転じた。地価は株価に1年ほど遅れて下落に転じた。地価の下落は金融引き締めが直接的な要因ではなく、政府の地価上昇抑制策によるものであった。地価対策にはいくつかのものがあったが、その中で地価の下落に最も強力に作用したのは大蔵省が発動した総量規制であった。総量規制は不動産向け融資の伸びを規制するもので、これが発動されるや不動産向け貸し出し額は激減し、それに伴って地価が大きく下落し始めた。

 97年の年末にかけて、一部の大手銀行、証券会社が相次いで倒産し、金融システムへの不安が一気に高まり、株価が急落した。株価の下落は銀行の資本を減らす。株価の下落でBIS(国際決済銀行)規制の制約を受けるようになり、銀行は貸出額を圧縮し始めた。本格的なクレディット・クランチ(貸し渋り)が起きた。驚いた政府は98年に入って、方向転換したばかりの経済政策を変更し、財政再建を先延ばしにして、大幅な公共投資の拡大、減税を実施した。

 この頃から、戦後始めてのデフレが発生した。デフレは企業や家計の弱気心理を増幅する。その後、内閣の交替もあって、99年から2000年にかけて政府はさらに思い切った景気対策を実施した。ところが景気回復への歩みが見られるようになった2000年春に不測の事態で内閣が交代した。森内閣そして小泉構造改革の旗印の下で、財政引き締めが続いた。2000年以降の公共投資は毎年平均で8%も削減され、景気は再び悪化した。2003年以降では、ようやく設備投資の自律反転から景気は回復傾向にあるが、今のところ、本格的な景気拡大は期待薄の状況だ。

3. 90年代以降の日本経済を左右した三大要因

以上で1980年代半ば以降の経済動向を概観した。そこから日本経済に大きな影響を及ぼした要因として、国際経済環境、政策、構造変化という3つの要因が浮かび上がる。ここでは政策の失敗について指摘しておこう。

 国や地方政府の政策はあらゆるチャネルを通じて経済に波及する。株価が89年末にピークをつけたあと下落に転じたのは、金融引き締めがきっかけであった。91年からの地価の下落では、総量規制が極めて大きな影響を及ぼした。総量規制が効き過ぎたとの見方が有力であり、バブル潰しは必要であったが、行き過ぎてしまったとの批判が根強い。

 また、政策のタイミングも重要だ。97年の政策運営が景気拡大の芽をつんでしまったとする見方が有力だ。景気は回復に向かっていたのだが、アジア通貨危機が発生するなかで、消費税増税を含む総額約10兆円の財政引き締めが、経済成長を阻んでしまった。一部の大手銀行・証券会社が破綻し、98年にかけて金融システム不安が一気に広まり、経営者や消費者はすっかり弱気心理にとりつかれてしまった。

 90年代初めから現在までの10数年間の政府の政策展開は「ストップ・アンド・ゴー」といわれているが、それどころでない。車を前進させては急ブレーキをかけ、後進させるような状況だった。景気拡大策(94〜96年)の次は、引き締め策(97年)、次に拡大策(98〜2000年)、また引き締め策(2001年〜)といった具合だ。わずか10数年の間に、逆方向の政策が数回も繰り返されてきた。これでは経済はよくならない。

 さらには政策当局の「経済分析」と「政策評価」が必ずしも的確ではなかったことも、経済低迷の要因の一つだろう。日本経済が持続的な成長を遂げるためには、的確な経済診断や将来展望、適切な政策が必要である。

4. 21世紀の三大潮流と三大リスク

  5〜20年先まで見通す中長期の経済展望では、こうした経済情勢の変化や政策動向に注目するだけでなく、世界経済動向にも目を向けるとともに、時代の潮流がどのようなものであり、それらが経済社会にどう影響するかを予め検討しておかなければならない。潮流とは時代の流れのことであるが、21世紀の潮流にはさまざまなものがあり、そのすべてを織り込んで展望することは難しい。しかし、「グローバル化・世界大競争」「少子・高齢化」「高度情報化」という三大潮流の影響には注目する必要がある。このほかにも、日本経済の成長を抑制する「三大リスク」があり、これらの影響も検討しておかなければならない。

◆ グローバル化・世界大競争

 第一の、グローバル化・世界大競争は90年代からの潮流でもある。そのうねりはますます高まってきている。中国が工業化に成功し、世界の供給基地ともなり、安い製品を大量に全世界に輸出するようになった。また89年のソ連崩壊による冷戦終結で東欧諸国が生産力を高めた。21世紀初頭には、新興工業国(NIES)などの生産力の拡大を背景に世界大競争が激しくなり、わが国の国際競争力の変化や海外生産の拡大などから貿易構造や産業構造が変わっていく。グローバル化が進むと水平分業が盛んになる。水平分業とは双方向型の貿易構造である。グローバル化の進展で、政治や政策面では世界的な連携や調整の必要性がますます高まってくる。地球規模の温暖化問題では、二酸化炭素排出抑制を目標にエネルギー政策の面で世界的な調整が要請される。

◆ 少子・高齢化

 第二に、少子・高齢化という潮流がある。人の寿命は70年以上あるから、人口構造の変化は緩やかにしか進まない。少子化の影響はいよいよ顕在化し、あと2、3年で日本の人口は減少し始める。その一方で高齢者が急増する。  少子・高齢化は経済に多大な影響を及ぼす。経済活動は基本的には資本ストック(工場やオフィスなど)や働く人たちで支えられているから、人口減少は経済成長を抑えるだろう。女性の労働参加は短期的には労働力を補うが、出生率の低下から長期的には労働力人口の減少要因となる可能性が高い。一方、高齢者の急増は社会保障負担の増大をもたらす。政府が資金を出して社会保障制度を支えているため、高齢者の急増は財政収支の赤字要因となる。高齢化は介護サービスなど高齢化対応型産業の拡大などから経済成長を支える側面もある。少子・高齢化は着実に消費構造を通じて産業構造を変えていく。

◆ 高度情報化

 第三は、高度情報化という潮流である。情報化というキーワードは既に1970年代頃から盛んにいわれてきたが、90年代の半ば頃からその中身が一変している。世界的なIT(情報技術)革命が起こった。コンピュータも小型の高性能パソコンが主役だ。インターネットの普及率も産業部門ではほぼ100%だ。携帯電話の普及率も60%を越えている。いつでもどこでも情報交流できる「ユビキタス文明」はすぐそこまで来ている。  情報化は経済成長にとってはプラスの効果が大きいと期待できる。情報化はネットビジネスやコンテンツ産業など、情報関連の新産業や新規需要を生み出すとともにIT関連投資を拡大し、成長を押し上げる。企業、家計、政府、輸出といった最終需要部門だけでなく、原材料部門でも情報関連機器や情報サービスへの需要が高まるため、情報化の進展で産業構造は高度化していく。

◆ 三大リスク

 日本経済の将来を展望するためには、以上の三大潮流のほか、三大リスクの影響も織り込まなくてはならない。リスクとは、日本経済の成長を抑える要因である。人口減少、デフレ長期化、財政破綻という三大リスクがある。人口減少は三大潮流の一つであるが、経済成長には明らかにマイナス要因となる。デフレが1990年代後半から進行しており、すでに5年以上も続いている。このデフレが国や地方自治体の財政赤字を大きく増やした。経済低迷が長引くなかで、デフレの影響が加わり、日本の財政は危機に直面している。国と地方の長期債務残高は700兆円という莫大な額に達している。このままでは国家財政が破綻する可能性が高い。財政破綻を免れるためには、今後、大幅な財政引き締めが必要となり、財政が成長の制約要因となるだろう。

5. おわりに

 このように日本経済は、今、歴史的な大転換の時代を迎えている。日本経済はバブルの発生、崩壊で大きな構造変化を遂げたことは確かである。今の経済低迷はバブル崩壊による資産価格の落ち込み、弱気心理の定着などが大きく影響している。しかし、日本経済の成長力の低下や構造変化の要因は、バブル崩壊だけではない。三大潮流と三大リスクの影響が日本経済を大きく左右し始めていることに注目すべきである。

 これから10年先、20年先の日本経済の成長力や構造変化などを見極めるためには、長期的な視野から、三大潮流と三大リスクの影響を一つひとつ解きほぐし、それらの影響を踏まえて、総合的に判断していくほかないだろう。そのためには、複数の計量経済モデル(もしくは長期経済予測システム)を活用することが最も有効と考えられる。計量経済モデルが、実体経済における数量的な因果関係を忠実にとらえているからである。

(社会経済研究所 研究参事 服部 恒明)

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