電力中央研究所

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知の源流

大規模津波のリスクを的確に評価できる「津波・氾濫流水路」

近年、地震や津波、豪雪、豪雨、竜巻、巨大台風など、従来の規模を上回る自然災害が増加しており、特異な自然災害にも対応できる研究体制の構築が求められている。このような状況を踏まえ、電力中央研究所地球工学研究所では、津波・氾濫流水路の新設に着手。すでに実験設備は完成しており、この4月から運用が開始されている。時代のニーズに合わせた研究体制の構築は今も絶え間なく続けられている。

実現象に近い規模で津波の特徴を忠実に再現

 津波や波浪の研究に用いられる実験設備(流水路)は、すでに国内外の複数の研究機関に設置・運用されている。しかし、これらの多くは大規模津波のリスク評価にも適用できるとは言い難い。大規模津波は数分〜数十分にわたって現象が継続し、その間に、流れの状態が複雑に変化するため、そのリスク評価には長周期かつ様々な状態の波・流れを再現できる実験設備が必要となる。

 たとえば、造波板を動かして波を形成する流水路の場合、造波板の可動幅に制限があるため長周期波の形成には向かない。造波板をゆっくり動かすことで長周期波を再現することも不可能ではないが、この場合は波の高さが小さくなってしまうため、それに応じて模型のスケールを小さくする必要があり、構造物の頑強性評における信頼性は低下してしまう。さらに、水路のいたる所から生じる反射波を考慮しなければいけないという弱点もある。貯水タンクからの放水により波を形成するダムブレイク方式の流水路もあるが、こちらはタンクの貯水高に応じて流速と水深が左右されるため、複雑に時間変化する津波の再現には向かない。

 今回、電力中央研究所に新設された実験施設は、これらの弱点を克服した、大規模津波の氾濫に特化した流水路となる。波の形成にはヘッドタンク方式を採用し、ゲートや堰、バルブを連動させた制御により波の周期や形状を自在にコントロールできるのが特長。最大流量は10t/s、最大流速は7m/sで、長さ20m×幅4m×高さ2.5mの試験水路が用意されている。ここに構造物の模型を配置することで、大規模津波に対する健全性・頑強性を実現象に近いスケールで評価することが可能となる。これだけの規模を誇り、流速と水深を自在にコントロールできる流水路は他に類を見ない設備といえる。さらに、設備内のピットを利用することにより、地下構造も含めて忠実に再現された模型を用いることができるため、構造物全体の評価にも活用できるという。

電力施設の安全性を高める津波リスクの的確な評価

 今回の実験設備の主な用途は、発電所をはじめとした電力施設の安全性を的確に評価することにある。「防潮堤を超えた津波が構造物にどの程度の外力を与えるのか?」また、「現状の電力施設はどこまで安全性を確保できるのか?」これらを確認することが当初の課題となる。

 津波の伝搬状況や構造物の変形はコンピューターを使った数値計算でも解析できるが、構造物の破損・変形により流れに変化が生じた場合や、海面に流木などの浮遊物が漂っていた場合など、「流体」と「構造物」が複雑に絡み合った問題まで解析できる計算手法は未だ信頼できるレベルまで成熟していない。様々な状況に対応するには、津波の特徴を忠実に再現できる実験設備が必要となる。

 今回新設された流水路の設計・運用に携わる木原氏は、「電力施設の安全性は、津波対策だけでなく、地震や台風などのあらゆる自然災害に配慮しなければいけません。その上で、脆弱な領域から合理的に補強を進めていく必要があります」と語る。とはいえ、個々の災害リスクを的確に把握していなければ合理的な補強など見込めない。「もし津波に対する十分な強度・対策が確認されたのであれば、他の領域から補強に努めたほうが合理的です。もちろん、施設によっては逆のケースも考えられます」と木原氏が語るように、電力施設に甚大な被害を与える津波のリスクを的確に評価することが、ワンランク上の安全性を実現するための第一歩となる。

 その実現に向けて新設された流水路は、すでに1年先まで実験スケジュールが組まれているという。他に類を見ない実験設備であるだけに、その後も効果的な運用が見込まれるだろう。

成熟した技術と革新的な知見の融合

 今回、取材に応じてくれた木原氏は、流体の研究に広く携わってきた経歴を持つ。大学院時代は、機械系の流体工学を学びながら大気と海洋の研究に励み、電力中央研究所に入所した後も、津波、河川、大気といった流体研究に幅広く貢献してきた。

 電力中央研究所へ入所した経緯について「流体の専門家に限って見ても、当所には機械系出身の研究者もいれば、私のように土木系出身の研究者もいる。さらに気象学出身の研究者もいる。すなわち、流体に関わる人々が学際的に集まる研究機関といえます。流体に幅広く関わってきた私にとって、このことは非常に大きな魅力となりました」と当時を振り返る。

 また研究姿勢については、「成熟した技術をよく理解してハンドリングし、そこに新しい知見を加味していくことが大切。成熟した技術は、ともすると“ 古臭い”と評されるかもしれませんが、積み重ねられた実績は間違いのない強みといえます。でも、それだけに頼っていてはいけません。新しい知見も吸収しないと、研究分野の発展は見込めません。成熟した技術と新しい革新的な知見を融合させて研究を進めていく姿勢が大切だと考えています。そして、流体の専門家として社会に寄与していきたいと思います」と語っている。

 電力中央研究所は“ 常に現場がある”研究機関。人材と設備の着実な備えがあるからこそ、現場の課題に即応して解決策を提供し続けることが可能であり、それが強みとなっている。

研究員プロフィール

地球工学研究所 流体科学領域 主任研究員
木原 直人 きはら なおと

最終学歴京都大学大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻(博士課程)
当所入所年月2006年4月
研究専門分野流体工学、海岸工学、津波
研究内容入所から5年間は波浪の解析や大気を飛散する海塩濃度の予測、また、河川流や津波による地形変化解析に関する研究に従事。震災後、耐津波評価の研究に主に取り組む。

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