エネルギー未来技術フォーラム

 「地球環境とエネルギーセキュリティの両立を求めて ―温暖化とポスト京都への対応―」

第2部 特別講演(その1)

地球温暖化との闘いが始まった!

淑徳大学
教授 横山 裕道


ご紹介いただきました淑徳大学の横山です。これだけの皆さんの前でお話をするというのはあまりないので、少し足がすくむ思いです。特に第一線で活躍している3人の研究者の間に挟まれて、私の講演は埋没してしまうのではないかと心配ですが、できれば独自色を出して、一部産業界とか電力業界への苦言も含めて皆さんにお話をしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

講演概要に沿ってお話をしたいと思います。最初は「1.動きだした国際社会」です。ここの写真は、解け始めているスイスアルプスの氷河です。こういうこともあって、国際社会もようやく動きだしてきたと言えるのではないかと思います。

変な見出しが付いています。「あるシンポジウムの思い出と07年」。07年は今年ですね。これは2002年の11月に日本学術会議と日本科学技術ジャーナリスト会議の共催で、「科学と社会−いま科学者とジャーナリストが問われている」というシンポジウムが開かれました。そこで私は科学技術ジャーナリスト会議の副会長としてコーディネーター役を務めたわけですが、フロアから「今年の桜前線の到達が異常に早かった。温暖化問題を取り上げるいいタイミングなのに、マスコミはあまり書かなかった」という強い疑問が出されました。たしかに、このときはサクラの開花も満開になる時期もいつもより半月ぐらい早かった。5年半前のことでもうお忘れになった方もあるかもしれませんが、そういう状況でした。

それに対して私が何と答えたかというと、恥ずかしい限りですが、「気象庁は桜前線の異常が温暖化の表れという見方をしていないので、マスコミもそういう観点では原稿を書けないんです」というようなことを言いました。しかしその答弁が気になって、その後いろいろ調べ、改めて取材し直したところ、世界各地の生態系は地球の異変を告げ、人々の何かおかしくなったなという思いが共通のものになりつつあることが分かり、私は桜前線の異常を温暖化の表れと考えたほうが理にかなっているのではないかと思い、自らの発言の不明を恥じました。しかも、その発言者は私の大学時代の恩師で、学術会議の会員も長く務めているという方でしたので、余計そういう思いが強かったわけです。それから5年たちましたが、さまざまな異常がいま表れているということになります。

皆さんもご承知のように、97年採択の京都議定書というのが2005年に発効しましたが、世界の温暖化対策は、一向にと言うとオーバーかもしれませんが、なかなか進んでいない状況にあります。それでも今年はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書が出たり、サミットで成果が上がったり、一つ記念すべき年になっているのではないかと考えています。

これは第1部の報告でもありましたが、IPCCの最新の報告がこの5月までにまとまりました。21世紀末には平均地上気温が1.1〜6.4℃、最良の予測では、丸山さんは先ほどベスト予測値という表現を使っておられましたが、最良の予測という言い方もあるわけで、それでは1.8〜4.0℃上昇する、それから海面水位は18〜59センチ上昇すると予測しました。そして2020年代には、水不足の被害人口が数億人に上るとか、珊瑚礁の白化現象がさらにひどくなるといったことを示して、2〜3℃上昇を許容限度だと明記しました。

ただし、報告書に許容限度という言葉が使われているわけではなくて、気温の上昇が1990年レベルから2〜3℃以上上昇すると、どの地域でも恩恵が減るか損失が増えるということで、マスコミでは許容限度とか許容範囲、あるいは目安という表現を使いました。私も一般の人に理解してもらうには許容限度というような表現も妥当ではないかということで、自分の著書などにもこういう表現を使っています。とにかくIPCCの世界へのメッセージは、一刻も早く手を打てということだったわけです。

このIPCCの報告書がまとめられているときに、イギリスのスターン報告というものもまとまりました。英政府の委託で、ニコラス・スターン博士などが気候変動をめぐる詳細な報告書「気候変動の経済学」を昨年の10月にまとめています。排出削減の対策が講じられないと、気候変動による経済的損失は世界各国のGDPの少なくとも5%に達する、そしてより広範囲のリスクとか影響を考えると、GDPの20%以上になると指摘しています。これに対して最悪の被害を避けるため対応策を講じた場合の費用は、GDPの1%程度だとまとめています。これは本当に大ざっぱに言うと、1%を取るか、それとも5%、ないし20%を取るかという選択を迫ったと言うこともできるのではないかと思います。

そういうIPCCの報告、あるいはスターン報告がまとまった後、今年になって突然、温室効果ガス排出を半減するんだという目標が前面に打ち出されました。今年の6月のハイリゲンダム・サミットで、「50年までに温室効果ガスの排出量を少なくとも半減させることを真剣に検討する」という合意がなったわけです。最後の「真剣に検討する」というこの語句が入らなければもっとよかったと思いますが、アメリカなどを納得させるにはこの表現が必要だということで入れられたことは皆さんもご存じのとおりです。安倍前首相も、首相ではなくなったわけですが、このサミットに「美しい星50」の提案を持って臨んで、その趣旨が生かされました。

そして、これまで温暖化防止には後ろ向きの姿勢だったアメリカとか中国にも変化の兆しが見えてきました。9月末には、国連とアメリカが相次いで温暖化対策をめぐる国際会合を開きました。ただし、アメリカの姿勢に変化が見えたといっても、ブッシュ大統領の温暖化防止への取り組みについては、米国内ですら厳しい批判がいまだに上がっています。むしろ連邦政府が動いてくれないということで、地方政府とか産業界、市民がしびれを切らして行動に出ているというのが実情ではないかと思います。

次に、これは第1部にかなり出てきたので簡略にしたいと思いますが、「2.地球に何が起こっているのか」ということで、少し私なりにまとめてみます。このスライドは、沖縄県の慶良間列島の阿嘉島周辺の珊瑚礁です。ご存じのように、世界の珊瑚礁では98年のかなり暖かい気候の影響で死に至る白化現象が大規模に起こり、今後もそういうのが続くのではないかと予測されています。

どうも気候が変だという思いは、ここにおられるほとんどの皆さんが持っているのではないか。過去にも異常気象はあったけれども、最近はどうも変だなと多くの人が感じ始めているのが実情だと思います。ハリケーンが猛威を振るい、各国の夏の暑さも半端なものではなくなってきた。今年の日本の夏の猛暑で40.9℃の最高気温を観測しました。8月16日のことでしたね。埼玉県の熊谷市と岐阜県の多治見市で40.9℃を記録した。しかも、その日を挟んで3日間、つまり8月15日から17日にかけては、日本のどこかの地域で40℃を超えていた。これも日本では初めて経験することでした。

こういう異常の背景にあるのは何かというと、地球温暖化ではないかという見方がますます強まっているのではないかと思います。この100昨年間に平均気温が0.74℃上昇した。よく私も学生などに聞かれます。1℃ぐらいの上昇は何でもないんじゃないのか、と。ただし、これは非常に大きな地球の大気が地上付近でこれだけ上がるということは大変なことなんだと説明すると納得しますが、実感がなかなかわかないというのが実情ではないかと思います。そして、この温暖化が気温ばかりか降水量とか雲の量の変化、気候変動をもたらしつつあると言えるわけです。

熱波などの異常気象も頻発している。このところ欧州での異常気象が目立っています。2003年夏に欧州を襲った熱波では、フランスを中心に死者が3万人以上に達したことは皆さんも記憶していると思います。このときはフランスでも1万5000人ぐらい死者が出たといわれています。そして、パリでは通常、夏の最高気温も24℃ぐらい、つまり日本の夏日にもならないことが多いのに、異例の高気圧が居座ったために晴天が続いて、35度以上、つまり日本で今年から猛暑日という基準を設けましたが、猛暑日が10日間以上も続いて、エアコンを備えていない家庭が多いパリなどでは、お年寄りを中心にバタバタと倒れたわけです。2005年夏になると、フランスとかスペイン、ポルトガル、ヨーロッパの西部が、ひどい干ばつに見舞われている。アメリカも例外ではなくて、熱波とかハリケーン、竜巻などによる被害が増えています。

オーストラリアも去年、史上最悪の干ばつが起こっている。そして、北東部のクイーンズランド州ではとうとう、下水をリサイクルして飲料水に使うという決定を下しました。下水をリサイクルして中間水に使うことならわれわれもそんなに抵抗はありませんが、それを飲み水に使うことまで決断しなければならないということで、オーストラリアの干ばつも相当ひどい状況になっているということがよくわかるのではないかと思います。

洪水も干ばつも増える。どっちか一つにしてくれよと言いたくなるところですが、この極端な現象が両方とも増えるわけです。年ごと、地域ごとの気温とか降水量の変動量が大きくなるということで、ある意味では仕方がないということになります。熱帯雨林が広がって、その象徴ともいえるアマゾン流域でも、一昨年の8〜10月、例のない大渇水が起きています。幅が10キロにも及ぶ大河の流れが止まったりしているといわれています。それからヨーロッパでも干ばつと洪水のコントラストが描かれています。ヨーロッパの南西部では干ばつで、チェコとかスイスなど東部、中部では洪水が起きている。いまヨーロッパでは、自然がおかしくなっているというのが国民のほぼ共通の思いになっているといわれています。

ほかにも、さまざまな異常も起きています。2年前の8月にアメリカ南部を襲ったハリケーン「カトリーナ」、これは異常気象の代名詞にまでなってしまっています。チベット高原とかキリマンジャロ、あるいは先ほどスライドでもお見せしましたが、アルプス山脈などの氷河が速いスピードで解けている。そして、このまま温暖化が進むと、北極海から氷が解けてなくなる可能性があり、最近でもいろんな映像とかが出ています。それから各地で珊瑚の白化現象が起きている。98年に大規模な白化現象がありましたが、それに続いて起きている。動植物が生息しやすい環境に移動しているとか、感染症を媒介するカなども分布域を広げているということが観測されています。

ここには書きませんでしたが、たとえば南太平洋では、これまでハリケーンとは無縁とされてきたのに、3年前の3月にハリケーンに匹敵するような熱帯低気圧が南米ブラジルのサンタカタリーナ州を襲って、かなり多くの被害を及ぼしているというように、さまざまな異常が起こっているわけです。

次に、「3.過去の気候変動」がどうかということも本当に簡単にまとめてみたいと思います。これは皆さんもご存じのように、マンモスです。マンモスは更新世、いまから180万年前から1万年前にかけて生息しています。氷期から間氷期に入って、気温の急激な上昇とか生態系の変化についていけず、マンモスは絶滅したといわれています。

それから本当に古い時期を探ってみると、地球全体が凍りついた全球凍結というのもありました。地球ではこれまで何度も気候変動が繰り返されて、氷河が発達した時期とほとんどない時期があったわけですが、氷河期の中でも群を抜いて寒冷化して地球全体が氷にすっぽり覆われるという全球凍結が過去5回ほど起こったことがわかってきています。たとえば20億年以上前に1回、7〜5億年前に4回ぐらい起こったといわれています。赤道付近の海も含めて、1000メートルの厚さの氷が発達し、平均気温が何と−50℃にまで下がった。こういう全球凍結も起こっているわけです。

また子供たちに人気の、あるいは皆さんの中でも恐竜ファンの方はいっぱいいるかもしれませんが、いまから6500万年前に突然恐竜が絶滅したのは、隕石落下に伴って塵が大気をすっぽり覆って寒冷化したからだと推測されています。もちろん、ほかの多くの生物も絶滅したわけですが、そういうことがありました。

1万5000年ほど前には、長い最後の氷期が終わって、間氷期というものに突入しています。考え方がいろいろあるようですが、私はいまも氷河期であって、その中の間氷期であると理解しています。

一転して、中世温暖期に触れたいと思います。中世の10〜14世紀、ヨーロッパが温暖で安定した気候になった時期があって、これが中世温暖期と呼ばれています。ご存じのように、中世は度重なる戦争が起こったりして、いろんなもめごとがあったけれども、中世温暖期のヨーロッパは豊かな時代でした。食料は十分にあって、片田舎の農民ものどかに暮らしていたといわれています。豊作が続いて、お金も豊富にあるということで、信仰のために荘重なゴシックの大聖堂などが現れました。

では、中世温暖期の温度がどのくらい高かったかというと、夏の気温は20世紀よりも1℃ぐらい高くて、中央ヨーロッパあたりの夏はもっと高めだったといわれています。こういう中世温暖期のことを例に出して、温暖化懐疑論者からは、中世の温暖期というのはむしろよかったではないか、いま起こっている温暖化をそんなに心配することはないでしょうという反論があるわけです。しかし、現在の急速な温暖化が、安定した気候をもたらした中世温暖期とは次元の違う話だということは、ちょっと考えればわかるのではないかと思います。

最後の小氷期というものもわれわれの祖先は経験しています。さまざまな説があるんですが、1400年ごろから500年ほど続いたのではないかといわれています。気候の寒冷化で、ときどき大嵐に見舞われるなど、急激な変化が突然起こったり、気温も短期間に変動を繰り返したりした。中でも1680〜1730年は小氷期の最も寒い期間で、気温が急激に下がっていきました。

氷期から間氷期に入って、この1万年間というのは歴史を振り返ってみても、気候はかなり安定していたけれども、その中でも気候は変動して人類にいろんな試練を課したといわれています。これまでの気候変動というのは自然のリズムで繰り返されてきたわけですが、いまわれわれ自身が原因となって気候変動をもたらそうとしています。どうしたらいいのかということを考える前に、私がかつていたマスコミの報道にも少し触れてみたいと思います。「4.マスコミ報道の威力と限界」というものです。

ここに変な記事があります。「地球の異変告げる生態系 温暖化の脅威を見据えよう」というものですが、これは実は2003年の1月6日、毎日新聞の、私が書いた最後の社説となったものです。ここに書いてあることをもう一回読み直しましたが、いまでも十分通じる内容だったのではないかと思っています。

温暖化報道を見ると、1988年6月のハンセン証言、ハンセン博士のアメリカ上院での証言がかなり大きな意味を持つんです。ハンセン博士が、温暖化の到来は99%確実だと証言しました。アメリカはたまたまその夏、特に暑くて、深刻な干ばつなどの異常気象が襲っていたわけで、タイミングがよかった。それでアメリカのタイム誌も89年の年頭号で地球環境問題を特集したということになるわけで、こうしてマスメディアは温暖化をはじめとした地球環境問題を熱心に取り上げるようになっていきました。

そして92年、ブラジルで開かれる地球サミットにつながっていったわけです。地球サミットや、97年の地球温暖化防止京都会議、気候変動枠組み条約の第3回締約国会議(COP3)に向けて、温暖化関連の報道量がピークに達する。ところが終わると急減した。よくマスコミは熱しやすく冷めやすいという批判を受けるわけですが、この温暖化問題あるいは地球環境報道をめぐっても同じような強い批判が起こっています。

別の意味で温暖化報道への強い批判もあります。先ほど第1部でも出てきましたが、デンマークのロンボルグさんの『環境危機をあおってはいけない』という本では、あらゆる天気関係の出来事は気候変動と結びつけられるという批判をしているわけです。これは私も、うーん言えてるなという感じは正直に言ってします。マスコミに籍を置いた者として、そういう風潮はあるのではないかと思います。

もう一つはIPCCの第3次報告書で、21世紀末までに平均気温が1.4〜5.8℃上昇と予測したけれども、アメリカのマスコミのほとんどは1.4℃は無視して5.8℃を使ったということも指摘され批判されています。これも私も、毎回毎回1.4〜5.8℃と書くのは難しいけれども、ほとんど1.4を無視するというのも行き過ぎではなかったかと思います。

一方で、アメリカの前副大統領のゴアさんは『不都合な真実』の中で、温暖化をめぐって科学者の意見が真っ二つという誤解は意図的につくりだされたと逆の意味で書いているんです。つまり、きちんとした科学論文を見る限り、いまの温暖化が人為的に起こされたということを否定する論文はない。それなのに新聞が温暖化をめぐって科学者の意見が分かれていると書いているのはおかしいではないかという指摘になるわけです。

ここで私の毎日新聞の論説委員時代の話に触れたいと思います。2001年の7月13日付の社説で「京都議定書 批准への抵抗勢力は誰だ」という見出しで書いていますが、これは私にとっても忘れられない思い出になっています。というのは、今日の社説を何にするかという論説の会議のとき、私が「地球温暖化問題をまた書きたい」という提案をしたのに対して、私の説明を聞いて「重要なことはわかるけれども、新たな主張がないではないか」という反論が出て、これを社説として採り上げるかどうかわからないような状況になったんですが、ある政治部出身の論説委員が「抵抗勢力と闘うと言っている小泉首相が京都議定書問題では抵抗勢力になっているのではないか」とぽつりと言ったんです。その一言で、私がこの社説を書くことになりました。

この中では「野党はもとより自民党内にも京都議定書の早期批准を求める声が満ち、国会も早期批准を決議したのに、小泉首相が産業界とともに抵抗勢力になっているのは理解に苦しむ」と書きました。ここでも言ったように、何度も採り上げるということが今後重要なことになってくるのではないか。新しい主張がなくても、温暖化の問題を何度でも採り上げていくという姿勢が必要ではないかと思います。

IPCCの今度の報告書では、マスコミがかなりよく報道したといわれています。先ほどの理事長の挨拶でも、そういう話に触れていました。私もその点では同感ですが、ちょっと違った見方もしています。というのは、もっとマスコミは温暖化問題を書くべきではないか。温暖化問題がここまで来たのだから、マスコミはもっと書いていいんだ。書く材料には困らなくなったのではないかと思います。前にも書いたからといった遠慮はすべきではない。温暖化報道にマスコミはもっと使命感を持って当たるべきではないかと思っています。

それを前提にマスメディアがきちんと機能すれば、地球を救う一つの役割をマスメディアが果たすのではないかと思います。環境報道は受け手の関心とか認識を高め、環境政策に大きな影響力を持つわけで、地球環境問題の国際交渉にも有形無形の圧力となっています。迫り来る危機から地球を救うには、人々の意識を高めて、温暖化対策を強力に進める以外なく、マスメディアが果たす役割はいままで以上に大きいと思います。

特に温暖化問題をわかりやすく報道することも課題だと考えます。地球温暖化の原因はオゾン層破壊だといった誤解が広まっている現状はまずいのではないか。私も大学で地球環境問題の講義をして、後でレスポンスカードといって学生に書かせるわけですが、それを見ていて愕然としたのは、温暖化問題とオゾン層破壊を完全にミックスというか、両方の違いがわかっていないということで、自分の教え方が悪いのかなと少し悩みました。

ところが国立環境研究所の青柳みどりさんという主任研究員が2004年にまとめたアンケート調査では、地球温暖化の原因は二酸化炭素の増加という正しい回答ではなくて、温暖化はオゾン層破壊によってもたらされると答えた人がかなり多かったという結果を発表しています。私の教えた学生だけではなくて、全国的にそのような誤解が広がっているんだと改めて思いましたが、そういうものをマスコミの力でなくしていく、正しい理解をやっていくということが非常に重要ではないかと思います。

最後に、「5.われわれに何ができるのか」ということに触れたいと思います。これは熊本県の阿蘇にしはらウィンドファームです。これから温暖化防止ということを考えれば、自然エネルギーの代表の風力発電をかなり普及させていく必要があります。これは電源開発が出資してつくられた風力発電で、熊本空港のすぐ近くにありますから、熊本空港に降り立って遠くのほうにこの風景をご覧になった方も多いのではないでしょうか。

何ができるかということで、私はやはり第一歩になるのが京都議定書だと思います。温暖化による気候変動の緩和には、京都議定書を第一歩と考えて、各国が温室効果ガスの削減に地道に取り組むことが欠かせません。義務的な目標設定は今後も重要になってくると思います。京都議定書に限界があることは私もよくわかります。何よりも大きいのはアメリカが離脱したこと、あるいは中国やインドなど途上国には排出削減の義務がないということがいわれているわけです。

日本の「美しい星50」では、三つの原則を掲げています。一つ目はすべての主要排出国の参加、二つ目は各国の事情に配慮した柔軟・多様性、三つ目は環境保全と経済発展の両立。その1番目と3番目はともかくとして、2番目の各国の事情に配慮した柔軟・多様性ということでは、2050年までに温室効果ガスの排出量を半減することはとてもできないと思います。日本は義務として6%削減を京都議定書で決められているのに、それを達成できる見通しは立っていないわけで、これが各国の事情に配慮した柔軟・多様性ということでは、ますます温室効果ガスを削減するという意欲がなくなるのではないかと思います。

中央環境審議会と産業構造審議会の合同会議で、何とかして6%削減を果たそうという議論をいま続けているわけですが、委員の中にはこういうことを言う人もいるわけです。「6%削減ができなかったら、できなかったと正直に世界に謝ればいいじゃないか」と。私はその発言を聞いてびっくりしました。6%削減が義務だから、何とかそれに向かって進むというのではなくて、できなければできなかったですよと言えばいいという声に本当にびっくりしました。つまり、各国の事情に配慮した柔軟・多様性ということになると、そういうことがもっと強調されてくるような気がして、恐ろしいと思いました。

それから自然エネルギーの普及とか適応策。風力発電とか太陽光発電、バイオマスなどの自然エネルギーを極力利用して、地元でできた食べ物とか木材を使うということが徐々に浸透してきているし、もっと広まってほしいと思います。スローライフとかロハスなどに関心が集まっているわけです。また第1部の報告にもありましたが、いまは緩和策と並んで適応策が重要になっていて、IPCCも適応策と緩和策の組み合わせを進めています。

さらに技術開発。これも重要なポイントだと思います。温暖化防止のカギを握るのは技術開発、成功すれば効果が最も大きいのは二酸化炭素の海底・地中貯留技術(CCS)と考えられます。それが何で脚光を浴びるかというと、大量の二酸化炭素を隔離できる可能性があるからです。IPCCは世界で2兆トン貯留の可能性があるとしています。いま世界中で排出されているのは年250億トンということですから、2兆トンというと、80年間はもつといわれているわけです。一方で、閉じ込めた二酸化炭素が漏れ出る心配があったり、コストが高いという問題があります。

そして議論が続く原発の是非、これは私としてはこの場ではどのように言ったらいいのか悩むところです。原子力発電は二酸化炭素をほとんど出さないという特徴を持っています。そこで温暖化防止の観点から、原子力は得がたい存在だという見方が強まっています。資源小国の日本では、政府とか電力会社が原子力に大きな期待をかけていることは間違いない事実です。しかし、原子力の置かれた状況は厳しい。安全性の問題とか放射性廃棄物の問題が付いて回る。そして今年7月の新潟県中越沖地震によって耐震性の問題がクローズアップされ、東電の柏崎刈羽原発7基が全面ストップしてしまったということになるわけです。

ではどうしたらいいかという問題に関しては、私はいまの京都議定書目標達成計画のように、原発の年間の稼働率を87から88%に持っていくという目標を掲げるのは無理ではないかと思います。もっと地道な、たとえばこれまでの平均で考えて70%ということを前提にして、もしこれ以上削減できたらそれは儲けものという考え方にしない限り、原子力に期待をかけても、いろんな事故、トラブル、あるいは事故隠しなどがあればだめになるのではないかと思います。

それから今後期待されるのはNGOとか科学者、産業界だということを言おうと思います。社会を変える主役になるのは市民団体とかNGOになるのではないか。そういう意味で、市民団体やNGOに活動しやすい状況をつくる。補助金を出すということも必要になってくると思います。

そして各国政府や国際社会に有益な助言を与えるのは科学者だけではないかと思います。世界の科学者が地球を温室にしないために、社会的に責任を果たしてほしい。これからは研究し行動する人こそ研究者だといえるのではないかと思います。

さらに温暖化防止で大きな力を持つのは産業界で、一層の努力が必要だと思っています。産業界はいろんなことで排出量を削減できるし、企業内の環境教育なども徹底すれば大きな影響力を持つわけで、基準年を90年とした京都議定書は欧州が有利なんだということは、いまさら言うべきではないと思います。特に電力業界が排出削減に努力すれば、それが排出量がいま増えている民生などの部門にも影響するわけで、電力業界の努力というものが非常に重要です。

最後になりますが、日本は世界のリーダーになれ。これは当然のことですが、日本の「美しい星50」では、国民運動を展開して、1人1日1キログラムの温室効果ガス削減のため、ライフスタイルを見直すことを提案しています。いまわれわれは1日5.5キログラム排出していますから、1キログラムというと、20%にもなるわけで、これはかなり大変なことです。

そういう国民が政府とか産業界が真剣に取り組んでいるなと考え始めたら、意識を変えると思います。その意味でも環境税や排出量取引の導入は欠かせません。環境税とか排出量取引については、そのものでも効果が上がるし、温暖化対策に一本筋を通すということでは必要だと思いますが、国民の意識を変えるという意味合いも大きいのではないか。日本は結束して国内対策をこなして、欧州と並んで温暖化防止の世界のリーダーになるべきではないかと思います。

最後に著名な環境問題の専門家の声をということで、名前を申し上げてもいいんですが、あえてこの場では言いません。この方から2002年に「初孫が生まれたが、その子は勉強して、いい大学に行って、いい会社に勤めるなんて考えないでほしい、これからは地球環境の悪化に耐えられるような十分な体力をつけることに尽きるんだ」という話を聞きました。孫が成長したころの地球環境の危機的状況に思いを致し、憂えていたわけです。

いまはこうした思いを持つ人々がかなり多くなっているのではないかと思います。地球温暖化とのこれからの闘いで、われわれの地球を何とか健全なまま保ってほしいと切に思っています。先ほどもお見せした私の最後の社説でも書いたことですが、健全な地球を将来に引き継ぐという遠大な目標に向かって皆が力を合わせることは、実にやりがいのあることではないか。地球温暖化との闘いに負けてはいけない、勝たなければならないのだと強く思います。以上で私の話を終わりたいと思います。(拍手)


(財)電力中央研究所広報グループ