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第21回 
地球温暖化を考える(7) 
IPCC 1.5℃特別報告書のカーボンバジェットの評価

大気・海洋環境領域
副研究参事
筒井 純一

2018年12月6日

はじめに

 2018年10月に1.5℃の地球温暖化に関するIPCCの特別報告書が発表された。この報告書は、世界平均気温の上昇を工業化前比で1.5℃に抑える目標について、関連する気候影響とCO2排出削減の最新情報をまとめたものである。1.5℃の温度水準は、以前のIPCC報告ではほとんど考慮されていなかった。このため、1.5–2℃の温度上昇を目指すパリ協定を採択した2015年のCOP21では、IPCCに1.5℃目標の情報を提供するよう求めていた。1.5℃報告書はこのような経緯で作成されたものである。以下では、この報告書で示されたカーボンバジェットの新しい評価について解説する。

カーボンバジェットの考え方

 カーボンバジェットとは、地球温暖化を所定の水準に抑えるために必要となるCO2排出削減の目安を与える概念である(第13回コラム)。最近の複雑な気候計算から、温度上昇が累積CO2排出量にほぼ比例することが明らかになってきた。両者が比例関係にあるということは、温度上昇を一定の水準に留めるためには、累積CO2排出量に上限があることを意味する。上限に達した後は、人間活動による排出量と除去量をバランスする、すなわち正味の排出量をゼロにする必要があり、パリ協定では今世紀後半にそれを達成すると書かれている。このような温度目標に適合する正味ゼロ排出に至るまでの累積CO2排出量が、ここでのカーボンバジェットである。

 カーボンバジェットが求まる仕組みを図1に示す。温度上昇を縦軸に、累積CO2排出量を横軸にとると、両者の比例関係は直線で表される。この直線を介して、縦軸の温度目標が横軸の累積CO2排出量に対応づけられる。グラフの原点は工業化前の状態で、直線の途中に現在の水準がある。図1下部の棒グラフに示すように、現在を基準に累積CO2排出量を算定すると、温度目標を達成するために残された排出量となる。1.5℃報告書ではこれを残余カーボンバジェット(remaining carbon budget)と呼んでいる。

 このようにカーボンバジェットの考え方はいたってシンプルであるが、実際にはさまざまな不確実性がある。このためカーボンバジェットの評価には確率がついており、所定の温度目標をどの程度の確率で達成するかといった形で示される。また、確率付きの数値自体にも他の不確定要素があるため、その可能性の度合いに応じた幅が示されることもある。確率は66%(仮想的に3回行ったとして2回達成)と50%(2回に1回達成)が良く使われる。66%の方が目標温度までの余裕を大きくとるため、その分カーボンバジェットは小さくなる。

図1 カーボンバジェットの基になる温度上昇と
累積CO2排出量の比例関係

カーボンバジェットの評価結果

 表1に1.5℃報告書の主要な評価結果を示す。評価方法は、CO2以外の要因を扱う手順を含むが、基本的に図1に示した考え方に基づく。表1の太字の数値が報告書に記載されたもので、1.5℃目標を66%と50%の確率で達成するための2018年始時点の残余カーボンバジェットである。この結果については議論すべきことがたくさんあるが、ここでは、それぞれの確率に対して二つの評価値が示されている点と、直近(2013–14年)のIPCC第5次評価報告書からの更新点に注目する。

表1:1.5℃目標に対する残余カーボンバジェットの比較(単位:GtCO2

1.5℃報告書 第5次報告書
GMSTベース
(2018年起点)
SATベース
(2018年起点)
SATベース
(2018年起点)
SATベース
(2011年起点)
確率 66% 570 420 110 400
確率 50% 770 580 260 550

太字の数値は1.5℃報告書の政策決定者向け要約に記載されたもの。世界平均気温の定義の違いによる2通りの数値が示されている。GMST(Global Mean Surface Temperature)は陸上気温と海面水温の観測データから算出される世界平均気温。SAT(Surface Air Temperature)は気候モデル計算の気温データから算出される世界平均気温。第5次報告書にはSATベースでの2011年起点の数値が記載されている。この表では比較のため、2011–2017年の排出量を290 GtCO2として2018年起点に換算した数値も載せている。二つの報告書はSATベースの2018年起点の数値が比較対象となる。

二つの評価値の違い

 二つの評価値は残余カーボンバジェットの評価に用いる世界平均気温の推定法の違いによる。一つは文字通り気温のデータから算出したもの、もう一つは実際の観測方法に即して陸上の気温と海洋の表面水温を使って算出したものである。表1ではそれぞれSATベース、GMSTベースと記載している。海洋上の気温と海面の水温はほぼ同様に変化するが、海水が暖まるのに時間がかかるため、温度上昇は気温の方が僅かに大きくなる。また、温暖化が顕著な北極域で観測点が限られることで、世界平均気温が過少評価される可能性もある。

 このような水温データの混在と北極域のデータ欠落は、気候モデル計算との比較から、現在の温暖化の推定に0.1℃程度の違いをもたらすと推定されている。0.1℃は僅かな差のように思える。しかし、ある程度温暖化が進んだ現状で、あと何℃で1.5℃に達するかという場合には、相対的に大きな違いとなる。1.5℃報告書では2017年の温暖化を1.0℃(66%信頼区間0.8–1.2℃)と評価した。これは上記のような不均質な観測データに基づくため、仮に地球全体の気温を隈なく観測できたとすると1.1℃ということになる。この1.5℃まであと0.5℃なのか0.4℃なのかという違いが残余カーボンバジェットに少なからず影響し、表1に示すように、0.5℃(GMSTベース)の場合の570, 770 GtCO2(確率66%, 50%)に対し、0.4℃(SATベース)の場合は420, 580 GtCO2という違いが生じたわけである。

 2017年の世界全体の総排出量は約41 GtCO2である。したがって、1.5℃の残余カーボンバジェットは現在の排出量の僅か10–20年分に過ぎない。1.5℃というそう遠くない将来を考えるために誤差が無視できなくなり、温度定義の細かい違いが問題になったとも言える。

第5次報告書からの更新

 実際のところ、1.5℃報告書では世界平均気温の定義を見直しており、気温と水温が混在する方(GMST)を採用した。ところが以前のIPCC第5次報告書で示されたカーボンバジェットは、基本的に気温(SAT)ベースの世界平均気温に基づいている。また、1.5℃報告書も将来予測は第5次報告書の知見を参照しているため、完全に新しい定義にしたがっているわけではない。1.5℃報告書で二つの定義に基づく数値が併記されたことにはこのような事情もある。ここで注目するもう一つの点は、第5次報告書からどのように更新されたかである。

 二つの報告書の数値を比較するには、世界平均気温の定義に加えて、残余カーボンバジェットの起点を揃える必要がある。表1には、第5次報告書の2011年の年始の数値を1.5℃報告書の2018年年始に換算した数値も示している。これによると、1.5℃の残余カーボンバジェットは、第5次報告書から1.5℃報告書にかけて約300 GtCO2上方修正されたことが分かる。この点について1.5℃報告書の政策決定者向け要約では、温度の定義によるものではなく、最新の理解と方法論の進歩によるという簡単な注釈がついている。詳しくは報告書の本編を見る必要があるが、「最新の理解と方法論の進歩」は、図1の直線が現在の温度上昇と累積CO2排出量の位置を通るように調節したことに相当する。第5次報告書のカーボンバジェットの評価に使われた温度上昇と累積CO2排出量の関係は、現在位置から上側にずれており、温度上昇が過大に評価されていたのである。約300 GtCO2(現在の排出量の約7年分)はそのずれの補正量に当たる。

おわりに

 以上述べてきた1.5℃報告書のカーボンバジェットの評価は、今後の排出削減を検討する上で、どのように受け止めれば良いだろうか。

 まず言えることは、カーボンバジェットは確固とした排出限度を示すものではなく、様々な不確実性があり、今後も改訂される可能性があるということである。1.5℃報告書では上記の他にも数百GtCO2の不確実要因を複数挙げている。しかしカーボンバジェットには気候科学の裏付けがあり、長期的に正味のCO2排出量をゼロにすることを目指す方向性が揺らぐことはないだろう。定量的な評価は時間とともに確度が高まっていく。2013–14年の第5次報告書で初めてカーボンバジェットが評価され、2018年の1.5℃報告書で初期の方法論が見直された。これが今の状況である。この間、2021年の第6次報告書に向けた研究も進んでおり、そこではより進んだ評価結果が得られると期待される。いつ頃1.5℃に達するか(あるいは達しないか)は近い将来に判明する。排出削減目標も知見の更新に合わせて随時見直すとともに、温暖化の進行が速い方にも遅い方にも振れる可能性に備える対応が求められる。

略称

IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変動に関する政府間パネル)
COP: Conference of Parties(気候変動枠組条約の締約国会議。COP21は2015年にパリで行われた第21回締約国会議)
GtCO2: giga-ton CO2(CO2 10億トン。CO2排出量の計量単位の一つ)

©2018 電力中央研究所

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