EEトレンドウォッチ

第24回 地球温暖化を考える(8) ゼロ排出到達時期

大気・海洋環境領域
副研究参事
筒井 純一

2019年8月30日

 

 本コラムの温暖化シリーズは、2018年12月にIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の1.5℃特別報告書に触れて以来となる。この間、IPCCの総会が2019年5月に京都で開かれ、温室効果ガス排出量の算定をより精緻なものとする方法論の報告書が採択された。2019年6月には、政府の「パリ協定に基づく長期低排出発展戦略(長期戦略)」が閣議決定され、UNFCCC(国連気候変動枠組み条約)事務局に提出された。これは、2015年にパリ協定を採択したUNFCCCのCOP21(第21回締約国会議)において、各国に今世紀中頃までの温室効果ガス削減戦略を求めたことに対応する。

 政府の長期戦略は「最終到達点として『脱炭素社会』を掲げ、それを野心的に今世紀後半のできるだけ早期に実現していくことを目指す」とされる。ここで脱炭素社会とは、「今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡(世界全体でのカーボンニュートラル)を達成すること」と説明されている。排出量と除去量の均衡はパリ協定にも書かれており、一般に実質ゼロ排出(正味の排出量がゼロ)と理解されている。

 このように世界全体はゼロ排出に向けて動き始めたと言えよう。本コラムでは、第1回以来、最終的にはゼロ排出を目指すが、その時期には不確実性があることに注意を向けてきた。ここでは1.5℃特別報告書で示されたカーボンバジェットに基づいてゼロ排出到達時期を試算し、考慮に入れておくべき不確実要因を整理してみる。

 カーボンバジェットは温度目標に応じて定まる累積CO2排出量の上限で、温度上昇と累積CO2排出量が近似的に比例関係にあることがベースとなる。比例定数はTCRE と呼ばれる(第9回コラム)。TCREの推定には幅があるため、目標達成の確率によってカーボンバジェットは異なる値をとる。確率は通常66%と50%が使われる。また、温度上昇にはCO2以外の要因もあるため、想定される非CO2要因の大きさによってカーボンバジェットは増えたり減ったりする。1.5℃特別報告書では、2013-2014年のIPCC第5次評価報告書に基づいてTCREの幅を設定し、多数の社会経済シナリオを参照して非CO2要因の大きさを定式化している。

 1.5および2℃目標のカーボンバジェットを前提とすると、世界のCO2排出量は図1に示す経路で減少する。確率66%で目標を達成する条件では、それぞれ2040年頃および2075年頃にゼロとなる。図では排出経路を示す線とx軸の間の面積がカーボンバジェットを表す。ここでは簡単のため直線的に減少する条件で計算したが、IPCCの報告書で示された詳しい計算も大体同じような結果となる。パリ協定の「2℃より十分低く抑え、1.5℃未満に向けて努力」する目標は、技術的・経済的な実現可能性はともかくとして、遅くとも2070年頃にゼロにすることに相当する。これは長期戦略の「今世紀後半のできるだけ早期」と整合する。

図1 IPCC 1.5℃特別報告書のカーボンバジェットに基づく世界のCO2排出経路

1.5および2℃目標に対するカーボンバジェット(ここでは2011年以降の累積CO2排出量)は、66%確率の場合が710および1460GtCO2、50%確率の場合が870および1790GtCO2。排出経路は、2011-2017年を実績平均、以降を直線的に減少する条件で計算。実績はGlobal Carbon Budget 2018に基づく。1.5℃目標のカーボンバジェットは、第21回コラムの表に示した2018年起点の値(420および580 GtCO2)に、2011-2017年の実績290GtCO2を加えたもの。2℃目標の数値はIPCCの報告書に示される方法で計算。

 今後この見通しは気候科学の新しい知見でどのように更新されるだろうか。

 気候科学の分野では、2021年に発表予定のIPCC第6次評価報告書に向けて、最新の気候予測モデルを用いた研究が進んでいる。その途中段階の結果によると、気候感度がこれまでと比べていくらか高い可能性が出ている 。気候感度は大気中のCO2濃度が2倍になった時に気温が何℃上がるかという指標である(第4回コラム)。気候感度が高くなるとTCREも高くなり、TCREの逆数で表されるカーボンバジェットは減少する 。カーボンバジェットが減ると、図1で直線とx軸が作る三角形の底辺が短くなり、その分だけゼロ排出到達時期が早くなる。

 一方で、気候予測に関する理解は着実に向上しており、気候感度やTCREの推定幅が狭まる可能性もある。TCREの推定で中央値が変わらずに幅が狭まると、図1において、66%確率の直線が50%確率の直線に近づく。したがって66%確率を目安とする場合は、ゼロ排出到達時期が遅くなる。

 このように二つの要因が互いに相殺される結果として、カーボンバジェットに基づく排出削減経路に大きな更新はないかもしれない。

 ただし、気候感度についてはもう一つ重要な懸念がある。仮に気候感度がこれまで考えられたものより高いとすれば、これまでの温暖化ももっと大きいはずではないかということだ。上記のカーボンバジェットは目標温度と現在の温度水準との差から評価されており、現在の温度が高いとその分カーボンバジェットは小さくなる。これまでの観測と矛盾しない説明としては、寒冷化に寄与する硫酸エアロゾルの効果も従来の想定より大きいことが考えられる。この場合、世界的に排出源の対策が進んで近い将来硫酸エアロゾルが減少すると、急速に温暖化が進む可能性がある。

 果たして実際はどうなのか。2年後に明らかになるIPCC第6次評価報告書とともに、現実の気候の推移にも注目していきたい。

i Transient climate response to cumulative CO2 emissions(累積CO2排出量に対する過渡気候応答)。IPCC第5次評価報告書では、1000GtCO2当たり0.22℃から0.68℃の可能性が高いと評価された。IPCCの文書で「可能性が高い」は66%より大きい確率を意味する。

ii Le Quere, C., Andrew, R. M., Friedlingstein, P., Sitch, S., Hauck, J., Pongratz, J., et al. (2018). Global Carbon Budget 2018. Earth Syst. Sci. Data, 10(4), 2141-2194.

iii Voosen, P. (2019). New climate models forecast a warming surge. Science, 364(6437), 222.

iv 気候感度は大気CO2濃度と温度の関係性を表し、TCREはCO2排出量と温度の関係性を表す。排出されたCO2のいくらかは長い間大気に留まり、CO2濃度が高い状態が続く。TCREの大きさには、大気に留まるCO2の割合と、CO2による加熱効果がどの程度の温度上昇をもたらすか(気候感度)が反映される。

©2019 電力中央研究所

トレンドウォッチトップへ戻る