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第27回 発電所を悩ませる海の生き物たち

生物環境領域
上席研究員
野方 靖行

2020年1月20日

 第8回でも紹介されているように、わが国の火力・原子力発電所の多くは、冷却水として大量の海水を用いるため、沿岸域に建設されている。冷却に用いる海水中には、そこに生活する数ミリメートル〜数十センチオーダーの遊泳生活を送る「プランクトン」と呼ばれる生物も含まれている。冷却水に含まれるプランクトンの多くはそのまま放水口側から海域に放流される。その一方で、一部のプランクトンは冷却水系統に支障をもたらす。発電所ではこれらに対する様々な対策を施しているものの、未だ完全に被害を防ぐに至っていないのが現状である。

 プランクトンとして発電所に流入する代表的なものはクラゲ類である。近年、水族館ではクラゲが大人気で、多種多様なクラゲが展示されているが、発電事業者にとっては厄介者である。特にミズクラゲ(図1)は、晩春から夏季にかけて大量に発生し、巨大な群れを形成する。その群れが発電所冷却水系統に流入すると、除塵器の閉塞を引き起こし、冷却に充分な海水取水ができなくなってしまうため、出力低下や、ひどい場合には緊急停止で対応する事を余儀なくされる。クラゲ類の被害は年変動が大きく、出現が多い年でもいつ流入するかの予測がむずかしく、発電所での対応が非常に困難なものとなっている。

図1 ミズクラゲ

 また、プランクトンの中には、一生のほとんどを付着して生活する付着生物の幼生(子供)も含まれており、冷却水系統内部で付着し成長する(図2)。付着生物として代表的なものは、フジツボ類やイガイ類(図3)であり、これらは付着力が強く、また、付着量も多いため、点検時の清掃にも手間がかかる厄介者となっている。これらが発電所冷却水系統に付着すると、管の閉塞や流量低下、腐食の原因となると共に、熱交換率を低下させることで発電効率を低下させる事が知られている。また、点検時の清掃においても、付着量が多い発電所では、除去生物量が1500トンにも及ぶ事があり、処分にかかる費用も大きな負担になる。ちなみにあまり知られていない事であるが、「種の起源」を執筆し、生物の進化について大きな影響を与えたチャールズ・ダーウィンは、「種の起源」を執筆する前に、8年間に渡りフジツボを精力的に研究し、1855年に執筆された4巻からなる著書は現在でも多くの研究者から引用されており、フジツボ学の祖ともされている。

図2 付着生物のライフサイクルの一例。フジツボの場合、ノープリウス幼生とキプリス幼生が浮遊生活を送るプランクトンとしてすごす。黄色の枠内が付着する段階。

図3 アカフジツボ(左)とムラサキイガイ(右)

 発電所冷却水系統での海洋生物による被害の模式図を図4に示す。クラゲ類による被害は主に取水ポンプに至るまでのロータリースクリーンなどの除塵器や取水路と復水器の間に設けられた除貝装置で発生し、流入量が多い場合には装置の破損に至る。付着生物については、取水路から復水器に至るまでのすべてで問題を生じる。前述のように、取水路や循環水管に多量に付着した場合には、取水流量の低下やポンプの負荷増加を引き起こす。また、復水器に多量に付着した場合には、復水器の閉塞や腐食による細管漏えい、熱交換率の低下を引き起こす。加えて、夏季の高水温や冬季の低水温の影響で付着生物が死亡し大量剥離すると、それらが除貝装置や復水器を閉塞してしまう事例も報告されている。また、1980年代にわが国に侵入が確認されたミドリイガイは東南アジア原産であるため、高水温に強く、近年その分布域が拡大しつつある。本種の付着時期である夏季に取水路に付着するのみでなく、放水路側でも多量に付着し、越冬することで大型となり問題を引き起こす場合もある。これらの被害は、発電所が立地している場所で状況が異なるため、立地場所に出現する生物に応じた対策が必要である。

図4 海洋生物による主な被害と被害箇所

 現在用いられている主な対策を紹介する。クラゲ類の流入防止に関しては、クラゲが流入するのを防ぐ、あるいは流入する量を制限するためのクラゲ防止ネットや、水中に空気の泡を発生させるバブリング装置が取水口付近に設置されている事が多い。また、クラゲ流入が多い場所においては、水の流れを変えるための水流発生装置が併用されている場合もある。付着生物防止対策としては、付着を防ぐ防汚塗料や海水に電気をかけて発生させた塩素を注入する方法が取水路や循環水管で用いられている。復水器においては、上記のほかに、流れてきた貝を取り除く除貝装置や通過しながら生物をこすり落とすスポンジボール洗浄装置などが主に用いられている。このように様々な対策が施され、効果を挙げているものの、完全にトラブルを防止するまでには至っておらず、今後も新たな技術の開発が求められている。

 当所においても、対策技術の効率化や新たな対策技術の立案に取り組んでおり、例えば、フジツボやイガイ類のプランクトン期の出現時期や種類を遺伝情報により定量検出する技術やクラゲの流入を超音波で監視する装置を開発している。現在は、シミュレーションや環境要因分析からクラゲの出現時期や発生場所を予測する技術や、生物の優れた構造や機能を模倣し応用する、いわゆる生物模倣技術による付着防止材料の開発など、新しい防汚対策の開発に取り組んでいる。

 最後に、紹介した海洋生物は発電設備に対しては迷惑な生物であるものの、その巧妙で逞しい生態の特徴を生かした技術開発も進められている。例えば、クラゲ類ではオワンクラゲから生成された発光物質であるGFP(緑色蛍光タンパク質)は、その応用範囲の広さから現在でも広く活用されており、1960年代に発見・精製した下村教授は2008年にノーベル賞を受賞されている。また、フジツボ類やイガイ類などは、現在の人類の技術では困難である「水中接着」を実現させている。両種の接着物質の主成分は全く異なるものの、複数のタンパク質からなる事が明らかとなっており、そのタンパク質の性質を真似ることで、生分解性にも優れた水中接着剤の作成が可能となると考えられている。これが実現すれば、産業的な水中接着だけでなく、手術後の縫合などへの応用も期待されている。

©2020 電力中央研究所

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