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第32回 我々の身近にある微生物反応(1) 目に見えない微生物が引き起こす金属腐食

環境化学領域
上席研究員
平野 伸一

2020年12月24日

 

 目に見えないため普段気にする機会も少ないですが、私たちの身の回りにはたくさんの微生物が存在しています。微生物は地球上の大気中、水中 (深海、海洋、淡水域)、地中あらゆる場所に生息しており、土壌1kgには数十億〜数千億、河川水1 Lには数百万〜数億にも及ぶ数の微生物が存在しています。また、微生物は極めて多様であり、生育可能な環境 (pH, 温度、圧力、塩濃度) は非常に広範囲に及びます。水さえ存在すれば微生物がいるといっても過言ではありません。例えば、100℃を超える地熱発電所の復水器内や、pH10.5の高アルカリ環境となる火力発電所の排煙脱硫用吸収剤の輸送・貯留設備内など、極端な環境で増殖する微生物も報告されています 1)。このように極端な環境でも微生物が存在しているということは、微生物が人にはない多様な特殊機能を持っていることを意味しています。微生物のもつ多様な機能の中には、発酵食品・抗生物質の生産、廃水処理やバイオ燃料生産など私たちの生活に役立っている機能もあれば、食品の腐敗、疾病など、生活に好ましくない影響を及ぼすものも存在しています。「いかに微生物をコントロールするか」は人々の生活を豊かにするために重要なことです。

 本コラムでは「我々の身近にある微生物反応」と題し、電気事業において重要視されるとともに、人々の生活との係りが深い微生物が引き起こす反応について、シリーズで解説することを予定しています。先ず第1回目となる今回は、微生物反応が人の生活に及ぼす好ましくない影響のひとつとして、微生物が引き起こす金属設備の腐食に関して紹介します。

1. 微生物が引き起こす金属腐食とは?

 エネルギー産業をはじめ様々な産業部門において、生産、貯蔵、流通、廃棄物管理などの多くの場面で、多様な金属設備を利用しています。これら設備を保全するための重要な課題の1つとして、機能劣化を引き起こす金属腐食の防止が挙げられます。金属腐食と聞くと「さび」を連想されるかと思いますが、金属腐食は化学的な反応により金属イオンが材料から溶け出してしまうことで生じる金属材料の劣化現象で、いわゆる錆は溶け出た金属イオンが大気中の酸素と化学的に結びついた結果生じたものになります。一方、腐食の中には、化学的な腐食反応に対する防止策が施された材料や、反応が起こりにくい環境において、微生物が作用し顕著な腐食を引き起こす微生物腐食 (Microbiologically Influenced Corrosion (MIC)) と呼ばれる現象が存在します。

図1 微生物腐食による孔食・貫通孔の発生例

左: 孔食により表面が凸凹になった配管内の様子。中央部分に貫通孔が生じている。右: 石油パイプラインにおいて孔食による貫通孔が発生し、オイルが噴出した例

 微生物腐食は、炭素鋼、ステンレス、鉄、銅合金、高ニッケル合金、アルミ等々、産業的に利用されている金属材料の多くにおいて生じ、「孔食」と呼ばれる特徴的な局部損傷を引き起こすことが知られています 4)。ひどい時には孔食が進行し、貫通孔を生じるような事例も見られます(図1)。特に、土壌埋設設備や海洋、河川水、湖沼、井戸からの自然水を利用する設備は、環境中に存在する微生物が直に接触するため、少なからず微生物腐食のリスクを有しています。微生物腐食の発生が報告されている設備は、化学プラント (冷却水システム)、石油・ガスプラント (パイプライン、貯蔵設備)、下水管、鉄橋、船舶、海洋構造物、車両燃料タンク、消火設備など多岐にわたっています。金属設備の年間の腐食損失・コストは先進国においてGDPの1-5%に及びますが 5)、その約20%に微生物が関与すると考えられています 6)。1910年に微生物腐食が報告されて以来 7)、多くの研究者がこの問題に取り組んでいますが、近年においても、パイプラインからの原油流出などの経済的損失も含めた微生物腐食の関連コストは年間30-50億ドルにのぼると試算されています 4)

2. 微生物はどのように金属を腐食するのか?

 金属の腐食は、材料表面の金属が電子を失ってイオン化し、溶出していくことで進行します。大気環境下では酸素が金属表面から電子を受け取る役割を担い電池反応を形成することで、むき出しの金属は自然に腐食されていきます(図2a)。微生物腐食は、微生物が直接金属を食べるという話ではなく、微生物の持つ多様な代謝反応が、上述のような金属イオンの溶出や電子の流れに関与することで腐食を促進する現象です。

 微生物は、酸素を使って呼吸する好気性微生物と、増殖に酸素を必要としない嫌気性微生物に大別されます。鉄腐食を引き起こす代表的な好気性微生物としては、鉄酸化細菌が知られています。鉄酸化細菌は水中において鉄イオン(Fe2+)をエネルギー源として酸素呼吸を行うことで増殖する微生物です。鉄酸化細菌はこの呼吸の過程で、素材の表面に錆こぶを形成します。錆こぶにより材料の表面が周辺から遮蔽されると、そこに酸素の少ない領域が形成され、周辺部位との間に酸素濃度の差が生じます。その結果、錆こぶの内外の酸素濃度差によって電子の流れが起こる酸素濃淡電池が成立し、錆こぶの下で腐食が促進されることになります (図2b) 8)。鉄酸化細菌が形成する錆こぶだけではなく、金属材料表面に形成されたバイオフィルム(微生物の集合体)は微生物活動により酸素濃度やpHの差を生じ、腐食を促進することもあります。

図2 水中における鉄材料の腐食パターン

(a). 好気環境、無菌:鉄(Fe)材料の表面からイオンとして鉄が溶け出し(Fe2+)、そこで生じた電子(e-)を酸素(O2)が受け取ることで電子の流れが成立し、腐食が発生する。

(b). 好気環境、鉄酸化細菌による腐食促進:鉄酸化細菌の働きでFe2+等の酸化による錆こぶの生成が促進され、酸素(O2)濃度の勾配および錆こぶと金属との間の電位差の増大が生じ、腐食が増大する。

(c). 嫌気環境、無菌:鉄(Fe)材料の表面からイオンとして鉄が溶け出し(Fe2+)、そこで生じた電子(e-)を酸素の代わりに水中の水素イオン(H+)が受け取ることで腐食が発生する。

(d). 嫌気環境、硫酸塩還元菌やメタン生成菌による腐食:鉄(Fe)材料の表面のからの鉄イオン(Fe2+)の溶け出しに伴い生じる電子(e-)を、硫酸塩還元菌やメタン生成菌が直接

 一方、酸素のない嫌気環境では、電池反応における電子の受け渡しを、酸素の代わりに水中の水素イオンが担い、水素発生とともに腐食が進行します。水素発生反応は非常に遅いため、大気環境と比べて金属は腐食しづらくなります(図2c)。しかし、硫酸塩還元菌のような嫌気条件下で活発に増殖する微生物が存在する場合には、嫌気環境下であっても深刻な腐食が引き起こされるケースが生じます。硫酸塩還元菌は、有機物や水素からエネルギーを得る際に、酸素の代わりに硫酸イオンを使用する硫酸呼吸を行い、硫化水素を生じます。腐食が発生した箇所で黒い硫化鉄が見られることが多いため、硫酸塩還元菌による水素の消費、および硫化水素の発生が金属材料の腐食を引き起こすと考えられてきました。しかし、このメカニズムでは、金属表面が腐食生成物である硫化物により被覆された後、硫化水素と接することがなくなり、腐食は停止するため、実際の腐食現場で見られる硫化物の下での深刻な腐食発生を説明できていませんでした。この長年の疑問に対して、2000年に有機物を使わず、鉄をエネルギー源 (電子源) として増殖することで腐食を誘引する硫酸塩還元菌が発見され、新しい腐食メカニズム(図2d)が提案されました 9)。この新しい腐食メカニズムでは、硫酸塩還元菌は鉄から電子を直接得る、つまり「電子を食べる」ことで金属から電子を受け取る反応を担い、腐食を加速させます。さらに、腐食生成物である硫化鉄は導電性をもつことから、硫酸塩還元菌は、硫化鉄による表面被覆後も継続的に金属から硫化鉄を経由して電子を食べ続けることができます。その結果、高い腐食速度 (1年間に0.7 mm程度) が長期間維持されます。現在では、これが実環境で見られる深刻な腐食を説明できる重要な微生物腐食メカニズムのひとつと考えられています 10)

 この報告以降、「電子を食べる」ことで腐食を促進する微生物の調査が精力的に進められ、鉄を電子源として二酸化炭素からメタンを生成するメタン生成菌 11)や酢酸を生成する酢酸生成菌 12)が新しく発見されました。電子を食べる微生物による腐食は電気腐食(Electrochemical MIC, EMIC) と呼ばれ、近年、メカニズムの理解のための研究が急速に進められています。今後は、メカニズムに基づいた電気的な腐食診断法や防食法の開発とともに、EMIC微生物以外の多様な微生物も共存する複合微生物環境下での腐食進行を解析することで 13)、実環境での腐食の理解と対策の立案が進むことが期待されます。

3. おわりに、微生物腐食対策確立にむけて

 微生物が存在するシステムが全て悪い影響を受けているわけではなく、環境条件、金属材料、腐食原因となる微生物種が揃って初めて腐食が発生します。微生物腐食は金属が患う感染症という見方 14)もあり、人の感染症と同じく、原因となる菌を特定し、適切な対処法で被害(発症、再発)を抑制するとともに、可能な限り感染を未然に防ぐことが重要です。微生物腐食の対策としては材料の選定(種類、厚さ)、表面塗装、定期的なクリーニング、薬剤投与、UV、塩素、オゾンによる殺菌等がこれまでに検討されています。しかし、過剰な対策はコストの無駄な増加につながるため、対象とする環境、存在する微生物の種類・量、腐食メカニズムを理解し、適正なリスク管理、対策立案に繋げることが必要となります。

 微生物腐食は微生物、金属、電子フローが複雑に絡んだ現象であり、その解決のためには微生物学、材料化学、電気化学およびその境界領域の研究者が協調して取り組んでいく必要があります。

©2020 電力中央研究所

参考文献

  • 1. Torres-Sanchez R, Magana-Vazquez A, Sanchez-Yanez JM, Gomez LM, High temperature microbial corrosion in the condenser of a geothermal electric power unit. Materials Performance. 2017, 36, Journal Issue 3
  • 2. Allen B, Hunt EM, Kelly T, Earl P, A Novel material for microbiologically influenced corrosion protection. 16th Middle East Corrosion Conference & Exhibition. 2016, NACE Paper No.MECCFEB16-8358
  • 3. IAGS, http://www.iags.org/oiltransport.html (2020/11/26)
  • 4. 宮野泰征, 菊地靖志 微生物による溶接部と金属腐食の腐食劣化. 溶接学会誌. 2008, 77(7): 22-29
  • 5. Koch G, Varney J, Thompson N, Moghissi O, Goud M, Payer J, International measures of prevention, application, and economics of corrosion technologies study. NACE International, Houston. 2016
  • 6. Flemming HC, Economical and technical overview. In: Microbially influenced corrosion of materials. Heitz E, Flemming HC, Sand W (eds). 1996, Springer-Verlag Berlin, Heidelberg
  • 7. Gaines RH, Bacterial Activity as a Corrosive Influence in the Soil. Ind. Eng. Chem. 1910, 2(4): 128–130
  • 8. 佐々木英次, 微生物腐食. 材料と環境. 1997, 46: 475-480
  • 9. Dinh H, Kuever J, Mußmann M, Hassel AW, Stratmann M, Widdel F, Iron corrosion by novel anaerobic microorganisms. Nature. 2004, 427: 829-8320
  • 10. Enning D, Garrelfs J, Corrosion of Iron by Sulfate-Reducing Bacteria: New Views of an Old Problem. Applied and Environmental Microbiology. 2014, 80(4): 1226-12360
  • 11. Uchiyama T, Ito K, Mori K, Tsurumaru H, Harayama S, Iron-corroding Methanogen Isolated From a Crude-Oil Storage Tank. Applied and Environmental Microbiology. 2010, 76(6): 1783-17880
  • 12. Kato S, Yumoto I, Kamagata Y, Isolation of Acetogenic Bacteria That Induce Biocorrosion by Utilizing Metallic Iron as the Sole Electron Donor. Applied and Environmental Microbiology. 2015, 81(1): 67-730
  • 13. Hirano S, Nagaoka T, Matsumoto N. Microbial community dynamics in a crust formed on carbon steel SS400 during corrosion. Corrosion Engineering, Science and Technology. 2020, DOI: 10.1080/1478422X.2020.17749610
  • 14. 若井暁, 金属材料が患う微生物感染症. 化学と生物. 2015, 53(8): 515-520

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