基本文書「Low-dose Extrapolation of Radiation-Related Cancer Risk(放射線関連がんリスクの低線量域への外挿)」 に対する当センターのコメント

  • 疫学データに関して: 現在の放射線防護において重要な低線量率被ばくに関しては、職業被ばくの例が取り上げられているが、高自然放射線地域住民の調査データもすぐれた情報源であり、他のカテゴリーと同様に考慮すべきデータであろう。
  • 放射線誘発乳がんのデータについて: 1回10mGy程度の検査によって乳がんの増加が認められるとの記述がある。検査ごとの線量は10mGy程度であるが、総線量は1Gyほどまでに達する報告である。この結果を「10mGy程度の被ばくで発がんの増加」として引用するのは適切ではない。
  • シグナル伝達の起点について: DNAのDSB(二本鎖切断)が生物作用において重要な原因であるとの指摘は妥当である。ただし、すべてのシグナルがDSBに由来するわけではない。近年膜を起点としたシグナルが、酸化損傷レベルを左右したり、アポトーシス(細胞自爆機構)経路を活性化させるとの報告もある。
  • わずかなDNA損傷が修復されずに残ることについて: DNA損傷がわずかな場合には傷が修復されないまま残るとの記述があるが、これは細胞を死に至らしめる方向であることに注目すべきである。
  • 発がんの直線性について: DNA損傷の直線性、およびその後の修復あるいはアポトーシスの不完全性を根拠として発がんについての直線性を結論しているが、さらに高次の免疫系などを含む防護機能を考慮に入れるべきである。
  • 適応応答について: 適応応答は、低レベルの放射線による生体防御機能の増強という観点でとらえるべきである。この意味で、近年報告されているin vivo(生体内)での腫瘍発生抑制を示す結果を引用すべきである。
  • バイスタンダー効果(被ばく細胞の周囲の細胞が放射線に応答する現象)・ゲノム不安定性について: 現在放射線のリスクを上げるという方向でのみ議論されているこれらの現象について、客観的な情報が集約されていることは評価できる。今後もこのような情報を積み上げて、放射線防護における位置づけをはっきりさせていくべきであろう。
  • 不確定性について: 6章で扱っている不確定性に関する因子の中には、本質的に統計的にランダムな要因と、現時点では情報が不足しているために不確定である要因とが混在している。両者を分けて議論すべきである。
  • 漸進性について: 漸進性の議論は生物学的な観点からは納得できる。線量・線量率ともに漸進性を反映した議論が必要。現在DDREF(線量・線量率効果係数)には2という値が与えられているが、もっと大きな値(場合によっては無限大)を与えて、漸進性の議論中で、妥当な評価値を探るべきである。
  • LNT(しきい値なし直線影響仮説)の妥当性について: 現報告書の最も重要な結論の1つは、低線量放射線からのリスクの推定に含まれる不確実性のために、しきい値があるかどうかを結論付けられないことである。これは科学的な結論であり、それは低線量と低線量率での放射線生物学のさらなる探求を提案している。しかしながら、「LNT仮説は依然として放射線防護のガイダンスのためのもっとも妥当なリスクモデルのままである」という結論は科学的でなく、実務的、政治的、あるいは哲学的でさえある。第1委員会からの報告書は放射線防護について科学的基盤でのみ議論すべきである。
  • 本報告書は全体として、放射線生物学に関する最新の知見を網羅し、重要な点を指摘している。特に漸進性の概念は、科学的根拠に基づく放射線防護体系に反映させなければならない重要な概念である。LNT仮説の妥当性を結論しているが、これは科学だけでなく、社会経済的観点を含めて議論するべきであり、第1専門委員会の報告の中で述べるべきではない。