経済社会研究所
社会経済TOPICS > デフレの進行とその経済影響:財政への影響は甚大
デフレの進行とその経済影響:財政への影響は甚大

1. はじめに

 今日、テレビや新聞などで「デフレ」という言葉を耳にしない日はない。「デフレ」とは「デフレーション」(deflation)を略して用いられる用語であり、消費者物価などの一般物価が持続的に下落を続ける現象のことを言う。ここでは、デフレの現状、弊害、経済全体への波及ルートを整理した後で、財政へのマイナス影響を計測する。

2. デフレとは

 「デフレ」は、実体経済の状態が悪い時に発生することが多いため、「不景気」「不況」という意味合いを込めて用いられることも多く、また、政府自身も「物価の下落を伴った景気の低迷」(「物価レポート1999」)と定義していた時期もあった。経済の議論では用語の定義が曖昧で議論が噛み合わないこともしばしばあるが、デフレ論議でも混乱があったため、政府は2001年3月にデフレを「持続的な物価下落」と再定義して、実物経済要因を外すことによりデフレ論議の正常化をはかった。この定義に従えば、商品・サービスなどのフローの価格である消費者物価、GDPデフレーターなどを「物価」指標として用いれば、98年もしくは99年頃から日本経済はデフレに陥ったことがわかる(図1)。

図1 物価・賃金の推移(前年同期比%)

3. 先進国の中でも際立つ日本のデフレ

GDPデフレーターの動きでみると、主要先進国のなかで日本だけが90年代後半以降、ほぼ一貫して低下を続けている。IMF(国際通貨基金)は、2003年4月に主要35ヶ国・地域についてデフレの危険度を評価した結果を公表したが、日本が最もデフレの危険度が高い国とし、不良債権問題の深刻化、資産価格のさらなる下落があれば、今後もデフレが進行する恐れがあると評価した。

4. 資産デフレ

  「デフレ」という用語を用いる場合には、株価・地価などの各種資産価格の下落を意味する「資産デフレ」を念頭に置く論者もいる。

 1970年代以降の資産価格の動向を振り返ると、90年代の株価・地価の下落は、ともに80年代後半のバブル期に高騰したものが80年代前半の水準まで調整される局面であったことがわかる。日経平均株価は1989年末の39千円弱から現状3分の1以下に下落、また、市街地価格指数(六大都市)も同様の下げ幅となった。その結果、80年代後半に膨らんだ資産のキャピタルゲイン(時価が簿価を上回る部分)は、90年代に入って、株式資産で累計206兆円、土地資産(宅地のみ)では876兆円が失われた。

5. デフレの弊害

 家計部門(消費者)にとっては、雇用が確保され名目賃金水準が維持される限り、デフレそのものは実質購買力を高め生活水準向上につながるため望ましい。しかし、90年代後半には雇用が悪化して完全失業率は3%台から大幅に上昇して5%台で高止まりし、賃金水準についても、人件費の変動費化の動きに伴うパート比率の上昇、大企業での実質退職年齢の引き下げなどに伴う下落も広範にみられ、自らが職を失ったり賃金カットに出会う不安が給与所得者の間に拡がった。このような状況は第二次大戦直後を除けば、戦後日本経済で初めての経験である。

 企業部門にとっては、デフレへの対応はビジネスモデルの変更などにより家計部門よりも比較的容易な側面はあるものの、同様に厳しい。販価の下落による売上の伸び悩みを主因とする利益率の低下は避けられず、様々な形での投入生産要素費用の削減を余儀なくされる。人件費の変動費化、系列を超えた原材料品・部品調達などによる原価引下げにとどまらず、中国を初めとする東アジア諸国との本格的な水平分業の活用など、生き残りのためのビジネスモデルの抜本的な改良を余儀なくされる場合も多い。

 一方、政府部門にとっては、デフレは税収減少に直結するだけに影響は大きい。歳入が減少する一方で歳出を切り詰めなければ政府の財政バランスは悪化する。歳出を切り詰めた場合も、負の乗数効果の波及により名目GDPがさらに減少して財政バランスがさらに悪化する力が働く。この点は最後にシミュレーション結果を紹介する。

 デフレの弊害は、部門別には以上のような状況であろうが、マクロ経済的な観点から現在のデフレの弊害を考えると3点ほど挙げられる。

 第1に、不況からの自律的な回復が困難になるという点である。

 第2に、人件費比率の高い業種への影響が大きい点である。

 第3に、名目金利、名目賃金の下方硬直性が伴うと、デフレは長期化し、実体経済の不況と相互に悪影響を与え合って、さらにデフレが累積的に悪化していく危険がある。これが「デフレ・スパイラル」に陥る危険である。

6. デフレをもたらす複合要因

 デフレの発生要因を整理するために、やや単純化してデフレの影響とその波及ルートを図2に示した。90年代後半以降の日本のデフレの背景としては、

(1)マクロベースで需要に比して供給超過の状態が続いていること、
(2)資産価格の下落が続いていること、
(3)デフレからは当面抜け出せないだろうという予想が一般的となったこと(期待要因)、などの点がポイントとなる。とりわけ現在の日本のデフレを考える際には(1)が最も重要である。

図2 デフレの影響と波及ルート

7. デフレの税収・財政バランスへの影響

 デフレの弊害として、過去数年にわたるデフレが政府部門、財政に対して、どの程度の影響を与えてきたかという点を数量的に確認してみた。ここでは、1998年から2003年までの日本経済の成長経路として、90年代前半並みのやや高目の名目成長率(平均2.4%)で推移したケースと、それより名目経済成長率が4%弱低い成長経路をシミュレーションケースとして設定して、その差が財政関連の指標で測ってどの程度のものかを数量的に評価した。

 その結果、デフレ経済に入ったといわれる1998年を起点として、5年目の2003年では、名目GDPは17%、税収は16%だけデフレなしの仮想ケースよりも減少した(2003年は推計値、以下同じ)。すなわち、デフレの影響で名目GDPは95兆円、税収は17兆円も失われたことになる。この喪失額を1999〜2003年の5年間の累積でみると、名目GDPで268兆円、税収で46兆円という巨額にのぼる。その結果、一般政府部門の貯蓄投資バランスは45兆円悪化し、国債残高も11.4兆円もの大幅な増加をみた。デフレは、債務者の負担を一方的に増やす。巨額の国債という債務を抱えた国家財政が未曾有の危機に陥ったことには、デフレも大きな影響を及ぼしたのである。

8. おわりに

 デフレは複合的な要因から定着しており、ここ数年間にわたって財政に対しては非常に大きなマイナス影響を与えていることが数量的に確認された。デフレが長引くと、財政危機からの脱出はさらに先送りされよう。日本経済が持続的な成長を遂げるには、デフレ脱却が不可欠である。

(社会経済研究所 上席研究員 門多 治)

TOPICSの一覧へ戻る
▲このページのTOPへ
Copyright (C) Central Research Institute of Electric Power Industry