経済社会研究所
社会経済TOPICS > 財政危機をどうみるのか
財政危機をどうみるのか

1. はじめに

 日本経済は未曾有の財政危機に直面している。年間30兆円にも及ぶ財政赤字が引き続き、政府債務残高は、2003年度末現在、700兆円、対名目GDP比で140%(1.4倍)に達した模様である。そのうち、国債残高は550兆円、その対名目GDP比は110%に達したと推測され、1995年以降現在までの8年間で、同比率は実に64%ポイント(46%→110%)もの、急激な上昇を記録している。まさしく日本の財政は異常な事態である。

 こうした状況のなか、現在の財政状況をどうみるかについては大きな論争がある。現時点で国家財政は破綻しており、日本経済は今すぐにも破局するとみる超悲観論がある一方で、財政赤字は最終的には税収でまかなうことができるため特に問題にすることもないとする超楽観論もある。財政破綻についての認識が大きく分かれるのは、一つには財政状況を判断する基準が定義されていないことによるものである。そこで、以下では、この問題について考えてみたい。

2. 理論的なとらえ方

 財政破綻とはどのような状況をいうのであろうか。中長期的な財政動向をみるには、プライマリー・バランス(基礎的収支)の動きが注目される。これは通常の財政収支から純利払い費を除いたもので、過去の債務状況からの影響を排除したときの現在の基礎的な財政構造をみるのに適した概念である。家計で言えば、収入から債務返済額や利払い費以外の生計費を差し引いたものである。

 理論的な考え方によれば、プライマリー・バランスの将来先までの合計額を金利で割り引いた現在価値が、現在の政府債務残高を下回れば財政破綻の状態と言う。将来の期間としては理論的には無限先を想定する。したがって、この状態では、将来無限先までの政府の純貯蓄額を金利で割り引いた総額を使っても、現在の政府債務を完全に返済することができない。このため政府の債務残高が累増し利払い費が増えることになり、政府は借金地獄から抜け出せなくなる。企業でいえばいずれ倒産してしまうから、この状態になったとき財政破綻と認定するわけである。

 ところが無限先までの財政収支を計算することは、実際には不可能なことだ。だからこのような定義では、財政が破綻しているのかどうか、将来いつ財政破綻が発生するのかを見極めること自体が不可能なことになってしまう。政策を実施するためには、理論的な考え方を基本としながらも、より現実的な定義の仕方を考えなければならない。

3. 現実的なとらえ方

 プライマリー・バランスが赤字を続ければ、政府債務残高は増加し続ける。赤字幅が大きければ、政府債務残高が名目GDPを上回って伸びるから、政府債務残高対名目GDP比は一方的に上昇していく。この状態が長期間続けば、いずれ政府債務の返済が不可能になる財政破綻に追い込まれる。逆に、プライマリー・バランスが黒字を続ければ、政府債務残高は減少し、黒字幅が大きければ政府債務残高対名目GDP比も低下していく。これら2つのケースを示したものが図1である。

図1 財政破綻

(注) 井堀利宏(2000)『財政赤字の正しい考え方』東洋経済を参考に作成。
(出所) 服部編著(2004)『日本経済 破綻か成長か』ゆまに書房(近刊)。

 もし現在の政府債務残高対名目GDP比が例えば数%というわずかなレベルであれば、この比率が緩やかに上昇し続けても、財政破綻という大きな問題にはならない。しかし、国の債務状況をみると、国債残高対名目GDP比は2004年現在、すでに100%を越えている。国の税収規模は名目GDPの1割強であるから、国債残高の対税収比率はおよそ1,000%(10倍)にも相当する。国の債務は税収と比べてとても重い。

1) 財政破綻の認定基準はあるのか

 財政破綻を認定する公的な基準は今のところ存在しない。しかし、そのような基準を設定しておくことは、財政状況を判断するのに役立ち、財政破綻論議で無用な混乱を避けることができるため、財政運営には必要なことであるはずである。

 財政破綻の認定基準を設定するためには、金融機関における不良債権の定義の仕方が参考になる。銀行の自己査定の基準によれば、同じ不良債権といっても、貸出先の財務状況に裏付けされた債権の回収の可能性に応じて、要注意先から、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先までの4つの不良債権に区別されている。

 そこでいまだ試論的ではあるが、この銀行の自己査定基準を参考にして、財政状況について、政府債務残高の対名目GDP比のレベルや変化の方向から、「正常」、「要注意」、「財政破綻懸念」、「実質財政破綻」、「真性の財政破綻」という5つの状態に区別してみた。ここでは国家財政が問題となっているため、政府債務残高を国債残高と読み替えて説明しよう(図2)。

図2 国家財政:2つのシナリオ

(出所) 服部編著(2004)『日本経済 破綻か成長か』ゆまに書房(近刊)。

 

要注意の財政状況というのは、国債残高対名目GDP比が10%〜50%未満の範囲で数年以上に及び上昇傾向にある場合の財政状況をいう。財政破綻懸念とは、国債残高対名目GDP比が50%〜100%未満で数年以上に及び上昇傾向にある状況を指す。実質財政破綻とは、国債残高対名目GDP比が100%以上で数年以上に渡り上昇し続ける状態を指す。この状態では国債の返済(償還)が不可能になるということはないが、財政は実質的に破綻している。真性の財政破綻とは、実質財政破綻の状態からさらに悪化して、国債償還や利払いが不可能になった財政状況を指す。これはまさに企業倒産と同じような状態である。

 このような基準で国の財政状況をみると、要注意の時期は1975〜1996年度、財政破綻懸念の時期は1997年度〜2001年度ということになる。そして、2003年度末現在では、国債残高対名目GDP比は100%を超え上昇傾向にあるため、実質財政破綻局面の初期の段階に入っているということになる。政府が財政危機を全く放置することはないと考えられるため、債務返済が不可能になる真性の財政破綻が発生する可能性は小さい。むしろ、実質財政破綻局面を、軽度、中度、重度という3つの段階に区別しておけば、財政危機の状況をより的確に把握することができるだろう。

 ただし、このような定義の仕方はあくまで試論的なものに過ぎず、ややあいまいであることは否めない。特に、基準とすべき国債残高対名目GDP比のレベルや経過観察の対象期間をどう設定するかが大きな問題となる。レベルや対象期間を変えれば、認定される財政状況は異なってくる。

 しかし、やや恣意的な定義の仕方であるけれども、このような概念を導入すると、財政状況がどのような局面にあるかがより明確に分かり、財政情勢の経済的影響や政策運営のあり方などを局面毎に考えることができるのではないだろうか。財政危機が叫ばれている折から、政策当局が不良債権を認定したときと同じように、財政状況を判断する基準を早急に作成することが望まれる。

2) 財政破綻の可能性は計量モデルで把握できる

 将来の財政破綻の可能性については、計量経済モデルをうまく使えばかなり高い精度で把握することができるだろう。誰しも無限先までを見通すことは不可能であるが、計量モデルを使えば、一定の前提条件をおいた上で、20年ほど先までの経済情勢を展望することは十分可能だ。もちろん展望にはシナリオや設定条件の違いからさまざまの試算結果がありうるし、100%的中するというような完璧な予測はどこにもない。

 しかし、計量モデルを使えば、直感や経験と比べて、より正確に将来を予測できるだけでなく、シミュレーションによって海外環境条件の変化や政策変更の影響などを数量的に明らかにできる。経済成長率や物価上昇率などの主要な要因の動きと一体的、整合的に財政収支を予測できるし、設定条件をさまざまに変えたときの財政収支も計算できるため、計量モデルは利用価値が極めて高い。

 先に述べたように、財政破綻の認定基準を決めておけば、計量モデルを使って、現在および将来の財政状況がどのような局面にあるのか、いつ実質財政破綻の状態を迎えるのか、どのような政策を実施すれば実質財政破綻局面から脱出できるかなどについて、明確に判断を下すことが可能となる。

 このとき将来については無限先までではなく、経済計画や財政運営の対象期間として、ある一定の現実的な期間を設定すればよい。政府の政策目標や国民生活などで長期という概念を考えると、この先20年程度の期間を考えるのが妥当であろう。無限先までを考えて生活する人はなく、若い世代で住宅を購入する人たちは10〜30年先までを見越して住宅ローンを借りることが一般的である。

4. おわりに

 以上で、財政状況もしくは財政破綻の状況をとらえるための基準を示した。いまだ試論的なものであり、恣意的な要素が強いものの、この基準によって財政状況をより客観的にとらえることができるであろう。こうした基準がなければ、どのような状況になっても、いつまで経っても、財政危機を客観的に認識できないことになる。物事を判定するためには、物差しが必要である。不良債権やBIS(国際決済銀行)などの基準を見習うべきである。財政状況を判断するためには、何らかの公的な基準がなくてはならない。国家財政は破綻したとの説もある。今すぐにも財政が破綻するとは考えられないが、そうした説が現れるほど、日本の財政は危機な状況に追い込まれているということである。政府や公的機関が、財政状況を把握できる基準を設けることが望まれる。もっとも、政府自身が財政破綻の問題を扱うことが難しいとすれば、国際的な中立的機関や、格付け機関、学識経験者、エコノミストたちが、財政状況を的確に判断できる基準を提言するほかあるまい。

(経済社会研究所 研究参事 服部 恒明)

TOPICSの一覧へ戻る
▲このページのTOPへ
Copyright (C) Central Research Institute of Electric Power Industry