1. はじめに
長期的な観点からみると、日本経済はデフレ長期化、人口減少、財政危機といった三つの大きなリスクを抱えている。これらのうち、これから20年ほどの間、日本経済に最も深刻な影響を及ぼすのが財政危機すなわち財政破綻のリスクである。日本経済が持続的に成長していくためには、財政危機からの脱出策を見出すことが最も重要な課題となる。
将来の日本経済の進路についてはさまざまなシナリオが描ける。2025年までの長期展望では、特に、財政危機の問題に注目し、2つのシナリオを想定してシミュレーションを行い、日本経済の進路を探った。
2. 現状のままなら、国家財政は破綻に向かう
マクロ経済(日本経済全体)と財政は密接な関係がある。例えば、消費税率を引き上げれば、そのデフレ効果で消費が落ち込み、経済成長率も低下する。そうなれば税収面では、消費税が増えても所得税は減る。こうした経済の相互依存関係からわかるように、マクロ経済と財政を切り離して分析し展望すれば、実体経済の動きを見誤る恐れがある。
また、財政状況の局面をみるとき、「実質破綻」と「真性破綻」とを区別することが重要である(本トピックス前回記事参照)。財政が実質破綻局面に入り、政府債務残高対名目GDP比が発散的に上昇していくとしても、直ちに政府債務の返済が不可能になる真性の財政破綻に陥るわけではない。しかし、その状態を放置し続ければ、遠い将来、本当に財政は破綻してしまう。その前に適切な対策を講ずれば、財政破綻は免れる。シミュレーションによって、将来の日本経済の成長率や財政収支の動きを把握し、事前に問題点や解決策を見出すことができるため、計量モデルの利用価値は高いといえよう。
財政危機は、地方政府よりも中央政府(国)の方が深刻な状況であるから、以下では国家財政(国の財政)に注目しよう。財政が実質破綻局面を迎えると、金利高、円安、需要減という、3つの特別な変化が起こるだろう。国の借金がどんどん膨らみ、国債の償還(返済)が難しくなるとの予想が市場で広まれば、国債価格は下落し、国債の金利が上昇するだろう。日本の財政への不信が高まり、国内の資金が海外へ逃避し、海外からの資本が引き上げられれば、為替レートは円安に向かうだろう。また、多くの人たちは、財政危機が深刻化すれば、将来増税が実施されると予想して、財布のひもを引き締めるだろう。これまでのところ、平常時で財政が破綻したことはないから、こうした変化を正確に見積もることは難しい。しかし、特定の仮定や条件を設定して、その下でシミュレーションすれば、条件付きながら、財政危機の日本経済への影響を数量的に明らかにすることができる。こうしたことも、計量モデルの利点である。
そこで、現実経済の動きを勘案して、2025年までに対ドルで20円の円安、長期金利の2%の上昇、民間消費の40兆円の減少が発生すると想定した。こうした前提条件の下で、マクロ経済モデルと財政モデルを使ってシシミュレーションした。その結果は以下のようなものである(表1、図1)。「現状並みの政策が続き、本格的な内需振興策も抜本的な財政再建策も実施しなければ、実質GDP成長率は2025年まで平均ゼロ%台後半にとどまり、経済低迷が続くとともに、国国債残高が累増し、国家財政は実質破綻の道を突き進むことになる。さらに、この状態を放置し続ければ、20年以上先のことになるであろうが、いずれ国債償還も利払いも不可能となる真性の財政破綻に陥り、日本経済は破局に向かうであろう」というのが、基本的な結果である。何とも悲観的な見通しである。これを、財政危機ケースと呼ぶが、現状並み政策ケースといってもよいだろう。
3. 経済成長と財政再建の二兎を追え
内需振興がなく財政再建だけでは、税収は伸びても景気が悪化する。消費税増税だけで財政危機を乗り越えるためには、30%以上もの消費税率が必要になるだろう。一方、内需振興だけでは、将来の労働力不足の制約により、経済成長率や税収を高めるには限界があり、財政危機を乗り越えるのは難しい。内需振興策と財政再建策との2つの政策を適度にミックスすれば、政策の足りない面が補われて、効率的に所定の目的が達成され、政策の実現性も高まる。
政策の実現性や実効性という観点から、さまざまなシミュレーションを行い、日本経済が持続可能な成長を遂げるための、一つの望ましい政策ミックスを見出した。その政策とは「消費税率を2015年までに15%にまで引き上げると同時に、新産業の創出・拡大で2025年までに新たな需要を70〜100兆円創出する」という政策ミックスである。この政策ミックスを実施すれば、将来の財政破綻はかろうじて回避され、持続的成長が可能になる。
この持続的成長のシナリオの下では、2つの政策の効果が補い合って、実質GDP成長率は2000〜2025年間平均で1.0%、名目成長率は2.4%となる(前掲表1、図1)。失業率はおよそ2015年以降では3%程度と完全雇用の状態となる。
1980年代までの3〜4%の中成長と比べると大幅に低い成長にとどまる。財政再建や人口減少などのマイナス影響が出るため、低成長が避けられないだろう。しかし低成長でも人口が減っていくため、2010年以降になると現在の労働力過剰(高失業率)の状態は改善に向かう。また、懸案の国家財政の行方をみると、国債残高対名目GDP比は上昇し続け、2011年頃にピークを打ち、その後下落傾向をたどり、2025年には100%程度にまで低下する。このため、国家財政は実質財政破綻局面から脱出でき、したがって真性の財政破綻が発生する恐れもなくなる。その一方で、国民負担率(租税と社会保障負担の合計の対国民所得比)は、2025年には50%台半ばにまで上昇する。
内需振興策の柱は新規産業の育成・拡大である。情報化、高齢化、環境、新エネルギーといった成長産業を育成・拡大するほかない。そのためには成長分野へ政府資金や社会資本を重点配分する必要がある。財政部門の効率化を図り、ムダで効率の悪い公共事業はやめて新成長分野へ社会資本を投入し、また、補助金、投資減税、無利子融資などの形で政府資金を投入して、新産業を創出することが重要な課題となる。
もちろん高成長であるほど財政再建も早く進むから、経済成長率は高いほどよいのだが、その実現の可能性が現実の問題として浮上する。実現可能性が困難なシナリオを描いたとしても、それは「絵に書いた餅」となってしまう。
2000年3月公表の産業構造審議会(2000)の最終答申によれば、サードウエア産業(ハードとソフトを融合した第三の商品群を生産する産業:情報家電、ロボット等)、高齢社会産業(健康、医療、福祉、介護、家事代行業等)、環境産業(環境創造、環境保全等)などを中心に、2025年までにおよそ260〜330兆円の新規需要創出が見込まれている。公表後のデフレ長期化や低成長の影響を考慮しても、2025年までに、その3割程度の70〜100兆円の需要を創出することは実現可能だろう。しかし、それには相当な政策的努力や民間企業の活躍が必要だ。
4. おわりに
2004年4月現在、景気は回復傾向をたどっているものの、中長期的にみると日本経済の先行きは楽観できるような状況にはない。景気循環的な視点だけでなく、中長期的な観点から時代の潮流やその影響を見極めることが肝要である。いま、日本経済は大転換の時代を迎えている。乗り越えなければならない課題は多い。特に、財政危機への対応を誤ると、日本経済は長期停滞の状態に落ち込むだろう。
政府が将来ビジョンを打ち立て、適切な政策を実施していくことが求められる。財政危機を乗り越えるためには、新成長産業の育成・拡大などによって民間企業の活力を増す政策が最も優先されるべきである。財政再建だけで財政危機を打開することは出来ないだろう。
また、財政危機の実態について、多くの国民に情報を提供し、国民に理解を求め、国民的コンセンサスを得る努力が必要である。財政の実態を伝えないまま、増税策を打ち出せば、多くの国民は納得しないだろう。そうなれば適切な対策を講ずることが難しくなり、財政危機は深まり、財政破綻が現実化する恐れがある。
日本経済が望ましい方向に進み、多くの国民が豊かで安定した生活を営むためには、的確な経済分析や政策分析、将来展望が不可欠である。
(経済社会研究所 研究参事 服部 恒明)