電気新聞特集記事
電気新聞特集記事

電気新聞特集記事
ヒートポンプ研究の軌跡

需要側から脱炭素に貢献

電力中央研究所・東京電力・デンソーが3者共同で、2001年に世界で初めて商品化した家庭用自然冷媒ヒートポンプ給湯機「エコキュート」。環境負荷の低い自然冷媒である二酸化炭素(CO2)を使用し、主に家庭の省エネルギー化に貢献している。電中研はヒートポンプに関する研究を1985年から開始し、エコキュートの開発に貢献。現在も横須賀地区(神奈川県横須賀市)で新技術の研究や市場に流通するヒートポンプの性能評価試験を行っている。本特集では脱炭素社会に向けて、さらなる普及が見込まれるヒートポンプに関する電中研の取り組みを紹介する。

前例ない研究 手探りで
齋川路之 首席研究員 インタビュー

齋川路之 グリッドイノベーション研究本部
首席研究員

・入所のきっかけは。

「大学で機械工学の熱工学を専攻していたことから、エネルギー関係の仕事に就きたいと考えていた。就職活動中に電中研の職員から事業内容の説明を受ける機会があり、その流れで入所した。入所は1986年。電中研で始めたばかりだったヒートポンプ研究を入所直後から任せられた」

・ヒートポンプに関する研究に従事してきたこれまでを振り返ると。

「私が入所した頃、ちょうど世間的にもヒートポンプ関連の研究が本格化し始めたタイミングだった。入所してすぐに先輩研究者から『何か新しいことを考えろ』と言われ、大変衝撃を受けた。ただ、その際に研究は『形』として成果にしなければ社会の役に立つことはできないと思い、研究に打ち込んできた」

「フロン規制に対応するため、自然冷媒に着目し、試験用のCO2ヒートポンプ実験設備などを制作。実験を重ね『エコキュート』などを開発してきた。前例がない中、手探りの研究だった。エコキュートの開発では、共同研究先との調整事項も多く、事務的な業務も多忙を極めたが、周囲の支援もあって完成させることができた。あらためてご協力いただいた方々に感謝を申し上げたい」

・エコキュートの開発者として、現在の普及状況に関する認識は。

「今後は、集合住宅への普及がポイントとなる。一戸建ての新築物件には引き続き一定の導入数が見込まれるが、集合住宅は設置場所などの課題があり、あまり導入が進んでいない。耐用年数の長い設備などが長期間固定化される『ロックイン問題』も課題。これらの課題解決に向けた政策立案なども重要だ」

・エコキュートは電中研の研究成果を社会実装した代表事例だが、社会実装に繋げていくために必要なことは。

「研究成果を広く社会に還元するためには、関係機関との連携も非常に重要になる。研究分野によるので一概には言えないが、一緒に開発に取り組むメーカーなどの方々に新技術の意義を伝えていくのも研究者の役割。また、開発して終わりではなく、その後も継続的にメーカーなどの開発活動を支援していくことが重要で、研究機関として性能評価などに関して積極的に協力することが必要だろう」

「例えば、基準で定められているお湯の沸き上げ温度のしきい値を変更できれば、それに合わせて、新たな技術が誕生する可能性もある」

・新技術の社会実装に向けて、一言。

「自分が取り組んでいる研究や活動が社会の役に立つという信念を持ち続けること。役立つ新技術はいずれ社会から求められる。タイミングが来たら、新技術の魅力をしっかりPRする努力も大切だ」

「状況判断も大事。社会情勢などを観察し、その先にどのような技術が必要になるのかを見極められるようになることが望ましい。その上で、自力で考えてやり遂げる力を養ってもらいたい」

フロンからCO2冷媒へ
出荷累計800万台超 2001年、世界初の商品化

家庭を中心に省エネルギー化に貢献するエコキュート。日本の家庭におけるエネルギー消費の約3割を占める給湯分野の省エネ化により、CO2排出量の削減に貢献している。

現在、家庭用自然冷媒ヒートポンプ給湯機「エコキュート」の累積出荷台数は、800万台を超えている。だが、普及に至るまでの道のりは順風満帆ではなかった。日本では1980年代に多くのメーカーがヒートポンプ給湯機の開発に着手したが、性能や製造コストの課題に直面。そのほとんどが開発から一時撤退し、商品化した製品も本格的な普及には至らなかった。そのような中、1984年にヒートポンプに関する研究開発を行う「SHP(スーパーヒートポンプ)研究組合」が設立され、研究業務を電中研が受託した。

本格的に研究を開始した電中研では、フロンを冷媒に用いる「2段圧縮式給湯ヒートポンプ」を考案。これをベースに、1988年から電力会社やメーカーと共同で家庭用冷暖房給湯ヒートポンプの開発に着手した。1992年にはフィールドテストまで進展したが、給湯の効率、販売価格などから商品化は見送られた。また、1996年には業務用給湯ヒートポンプの試作機も制作。基本方式を確立させるも、オゾン層保護の観点から塩素を含むフロンの規制が強化され始めたことなどにより、業務用も商品化は見送られた。

CO2冷媒ヒートポンプ給湯機“エコキュート”のしくみ

ヒートポンプ給湯機の普及には、環境負荷の低い自然冷媒の活用が必要となりつつあった。 そのため、電中研ではフロン系冷媒を使用するヒートポンプの開発と並行し、自然冷媒の調査・検討も始めていた。 その一環で1995年からCO2をヒートポンプの冷媒に用いるための基礎研究に着手。 1996年にはCO2を冷媒に熱交換する動きを再現する実験装置「CO2ヒートポンプ伝熱流動ループ」を制作し、CO2冷媒の制御や伝熱特性に関する研究を重ねた。

ヒートポンプに関する研究で使用された「CO2ヒートポンプ伝熱流動ループ」

そして、家庭用ヒートポンプの冷媒にCO2が利用できると判断し、1998年からは東京電力・デンソーと新たな製品開発に向けた共同研究を開始。「高差圧・低圧縮比で作動する高効率圧縮機」「水を効率良く加熱できるコンパクトな給湯熱交換器」「高性能で給湯が可能なシステム運転制御方法」の3点を主な開発目標に研究を進めた。この中で電中研は横須賀地区に設置した簡易型環境風洞装置を用いた性能試験などを実施。開発するヒートポンプの効率分析や課題抽出、性能改善方策の検討などを行った。

様々な課題を乗り越え、2001年5月に世界で初めてCO2を冷媒にした家庭用ヒートポンプ給湯機「エコキュート」を商品化。その後、他メーカーも製造・販売を開始し、国内で家庭用自然冷媒ヒートポンプ給湯機の普及が拡大した。

性能評価、新技術開発も
家庭用、業務用 普及拡大を後押し

電気事業では、脱炭素社会の実現と電力の安定供給の両立に向けた取り組みが進められている。供給側の取り組みとしては、安全確保を前提とした原子力発電の活用や再生可能エネルギー導入拡大などに力を入れている。一方で脱炭素社会実現には、需要側の省エネ化なども重要で、産業用も含めたヒートポンプのさらなる普及が求められる。

電中研は、メーカーが取り組みにくい基礎研究や機器性能評価、規格・基準策定に向けた知見提供など幅広く活動している。家庭用自然冷媒ヒートポンプ給湯機「エコキュート」は、国の補助金制度や各メーカーの市場参入により普及が進む中、第三者機関による各製品の評価が重要になった。そこで、電中研は2006年から横須賀地区に、従来の実験設備に加え、性能評価試験設備を新設。家庭用ヒートポンプ給湯機に関する性能評価を実施してきた。2013年には産業用ヒートポンプを開発・評価する試験設備も新たに設置。高温水循環ヒートポンプ、蒸気生成ヒートポンプ、熱風生成ヒートポンプ、業務用ヒートポンプ給湯機などを対象に様々な試験を行っている。

市場投入された製品の評価にとどまらず、新たなヒートポンプ研究も継続している。2014年に「ヒートポンプ用空気熱交換器試験設備」を導入し、伝熱管などに霜が付くのを防ぐ「無着霜ヒートポンプ」の開発に着手。吸着剤塗布熱交換器を活用し着霜防止、エネルギー利用の高効率化に取り組んでいる。また、エンジン排熱を利用できない電気自動車(EV)特有の課題に対する解決策として、ヒートポンプ式EV空調システムなども考案した。

無着霜ヒートポンプの研究開発で活用している「ヒートポンプ用空気熱交換器試験設備」

電中研グリッドイノベーション研究本部の齋川路之首席研究員は「当所はヒートポンプに関する基礎研究、性能評価などを手掛けてきた。電力会社やメーカーのニーズに応えつつ、社会に役立つ新技術の開発を目指して、若手研究者が躍動できるように支援していきたい」と力を込める。

電気新聞 2023年2月27日掲載