エネルギー未来技術フォーラム 「電力自由化時代の電気事業」

基調発表

電力自由化
−経験に学び将来を展望する−

(財)電力中央研究所
首席研究員 矢島 正之


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首席研究員の矢島です。それでは「電力自由化―経験に学び将来を展望する―」について基調発表いたします。

1990年代に世界的な潮流となった電力自由化は、現在転換期を迎えています。転換点となったのは、米国の、いわゆるカリフォルニアの電力危機です。カリフォルニア州では1998年に全面的な自由化に踏み切りましたが、2000年から2001年にかけて、取引所の価格は5〜10倍に高騰しました。供給不足がその背景にあったとはいえ、それに乗じた市場参加者の意図的な価格の吊り上げなど市場支配力の行使があったことがその後明らかになりました。また大規模な停電も発生しました。電力会社も倒産しました。結局、カリフォルニアの電力危機は電力会社が州政府の管理下に置かれることで幕を閉じました。

2001年12月には、規制緩和の申し子であるエネルギー総合会社、エンロンが倒産しました。2003年8月には北米大停電が発生しました。そして最近では、欧米で電気事業のM&Aが一層進展するとともに、電気料金の大幅な値上げが相次いでいます。本発表では、このように転換期にある電力自由化の経験に学び、将来展望をしていきたいと思います。

発表内容です。第1部では、経済の規制緩和の流れの中で、電力の自由化がどのように進展しているのか、電力自由化の潮流について紹介いたします。第2部では、電力自由化は何をもたらしたのか、価格やサービス面などから検証していきます。第3部では、それではわれわれは電力自由化から何を学んだのか、いくつかの教訓について述べていきます。そして第4部では、以上の議論を踏まえて、わが国の電力自由化の展望を行っていきたいと思います。

まず第1部、「電力自由化の潮流」からお話しします。ここでは、経済分野の規制緩和の流れの中で、電力自由化がどのように進展しているのか、また内外における小売自由化の動向を概観してみたいと思います。

まず「規制緩和の潮流」ですが、欧米では、経済分野の規制緩和は1970年代に潮流となりました。英国では、1979年に成立したサッチャー政権の下で、1980年代から90年代にかけて、それまで非効率的であると考えられていた国営企業、すなわち航空機、石油、自動車、電気通信、ガス、電力、鉄道などの民営化と競争導入を行いました。米国では、1970年代から80年代にかけて、カーター、レーガン両政権の下、航空、輸送、鉄道、銀行、電気通信、ガスなどで規制緩和を行いました。

わが国では、1980年代初頭における行財政改革により規制緩和が始まりました。三公社、すなわち専売公社、電電公社、国鉄の民営化に始まり、金融、航空、石油、電力、ガス産業に対する規制緩和を行いました。

このような経済分野の規制緩和の流れの中で、きわめて注目すべきことは、従来独占的にサービスが提供されてきた、いわゆる公益事業分野にも競争導入がなされたということです。その公益事業分野への競争導入ですが、米国、英国、わが国についてみますと、航空、鉄道、電気通信、ガス、電気といった分野に競争が導入されています。

航空や電気通信といった分野は、早い時期に競争が導入されています。しかしエネルギー、とりわけ電力は競争導入が遅れたといえます。競争導入がしやすい分野から競争導入がなされ、競争導入がしにくい分野は競争導入が遅れたわけです。

次に「電力自由化の潮流」について見ていきます。ここでは各国の小売自由化の開始年を示しています。ところで世界で初めて電力自由化を行った国をご存じでしょうか。英国というお答えが返ってくるかもしれませんが、実は南米のチリです。1982年、20年以上も前に自由化を行っています。当時チリは深刻な経済危機に直面しており、国営企業の民営化、競争導入で経済の再生を図ろうとしました。

先進国では、英国が最初です。1990年に自由化を行いました。その後、ノルウェー、アルゼンチン、ニュージーランド、オーストラリア等と次々と電力自由化に踏み切る国が増えてきました。まさに90年代は、電力自由化は世界的な潮流になったわけです。

そのような中で、わが国も2000年に小売の自由化を行いました。そのわが国の電力自由化ですが、1996年に卸電力入札制度の導入により、卸の自由化から始まりました。小売の自由化は2000年から始まり、特別高圧需要家を対象に競争がまず導入されました。そして2005年になると、すべての高圧需要家を対象に、競争が導入されるようになりました。同時に、わが国で初めて卸電力取引所が運営開始となっています。またネットワークの利用の公平性・透明性を確保するために、中立機関として電力系統利用協議会が運営開始となっています。そして2007年4月からは全面自由化の検討が開始される予定です。

次に欧米の小売自由化の動向について見ていきたいと思います。まず欧州からです。ここではEU加盟国とノルウェーについて見ています。すでに全面自由化に踏み切った国が11カ国あります。この濃い青い国ですが、11カ国が全面自由化に踏み切っています。それ以外は部分自由化であり、この薄い青いところは従来からの加盟国で部分自由化をしているところ、緑のところは新規加盟国で部分自由化をしている国です。

EUでは2007年7月には、すべての国が全面自由化を行うことがEU指令で定められています。その背景には、EUでは域内統一市場を構築する、域内自由市場を構築するという考え方があり、電力も例外ではないと考えられています。

次に米国ですが、16州とワシントンDCはすでに全面自由化を行っています。それ以外の州は、自由化を考えていないか、もしくは自由化について何らかの見直しをした州です。自由化を大口需要家のみに限定した州が2州、自由化を延期した州が2州、家庭用の自由化を延期した州が1州、自由化を一時中断している州が1州、これはカリフォルニアです。自由化法そのものを廃止してしまった州も2州あります。そして26州は自由化について考えておりません。

米国では自由化をした州は、今後も自由化を継続していくと考えられています。しかし自由化をしていない州は、今後も自由化しないと考えられています。このように米国では小売自由化についての姿勢が州によって大きく異なっています。米国は欧州とは対照的な動きを示しています。以上、電力自由化の潮流を概観いたしました。

次に第2部、「電力自由化がもたらしたもの」について、お話をしていきます。まず「卸売価格と小売料金」、次に「供給事業者の変更率」、そして「需要家サービス」、「信頼度」の順で見ていきます。

まず「卸売価格と小売料金」ですが、卸売価格から見ていくことにします。ここでは代表的な卸電力市場として、PJMの前日市場、すなわちスポット市場のことですが、そのスポット市場の日平均の価格の動きを見ることにします。PJMはペンシルベニア・ニュージャージー・メリーランド・インターコネクションのことですが、米国中東部の地域を中心とした系統運用機関です。PJMはしばしばアメリカの自由化の優等生といわれています。ここでは95年から10年間ほど日平均の価格を取っています。

このように長期の動き、トレンドがあり、このトレンド上に短期の動きがあります。そしてところどころ非常に大きな短期の変動が見られます。これを価格スパイクと呼んでいます。まさにスパイク状の変動が現れる。このような価格スパイクが現れるのが卸電力市場の特徴です。これに対してわれわれにとってなじみの深い証券市場の株価を見てみますと、景気を反映した長期的な動きがあって、そのトレンド上に短期的な動きがありますが、電力と比べるとその変動は大きなものではありません。

それでは具体的に、どの程度価格スパイクが発生しているのか、先ほどのPJMのデータを使って見ていきます。ここでは観察期間の電力価格の平均値を取り、その平均値に対して何倍の変動が生じているのか、そしてそれがどのくらいの頻度で発生しているのかということを見ていきます。

そこで、ここの横軸に平均値の倍数、すなわち何倍の変化が生じたかという倍数、それから縦軸に年平均の発生回数を取ります。そうすると、PJMでは平均値の2〜5倍というような変動が年1〜10回程度生じていることがわかります。これに対して為替、株、これらは2倍というような変動は生じていません。このように卸電力市場では、頻繁に価格スパイクが発生することが確認できます。このように大きな価格変動が生じるということは、実は自由化してみて初めてわかったことです。

次に小売料金の動向についてお話ししたいと思います。まず欧州からです。産業用から見ていきますが、ここでは500kWのモデル需要家の料金を見てみます。料金は日本円で表示しています。欧州の代表国、ドイツ、英国、イタリア、フランス、スペインの電気料金は2000年以降上昇しています。特にイギリスの最近における上昇率は非常に著しいことがわかります。これに対して日本の電気料金は着実に低下してきています。ここで2004年までが実績値、2005年は推定値になっています。ここで2006年も2005年と同じレベルであるとすると、現在ではイタリア並み、そしてドイツのレベル、また英国のレベルにかなり近づいてきていることがわかります。

次に家庭用について見てみます。平均年間使用量3500kWhの標準的なモデル需要家の平均単価を見ています。やはり欧州の代表国の電気料金は、2000年以降上昇しています。これに対して日本の電気料金は着実に下がってきています。現在ではイタリアよりも低く、ドイツのレベルにかなり近くなってきています。ドイツでは、電力会社は今年から来年にかけて、また電気料金を値上げすると言っています。したがって日本の料金のレベルが来年も変わらないとすれば、ドイツ並み、もしくはドイツを下回る可能性があると考えられます。

次に米国の電気料金について見ていきたいと思います。まず産業用からです。ここでは産業用全体の平均単価、いわゆる総合単価といわれるもので比較します。のちに述べる家庭用についても、家庭用全体の平均単価、すなわち総合単価で見ています。米国も、2000年以降、電気料金は上昇しています。これは円で表示していますので、為替レートの関係でこの上昇傾向を明確に読み取ることができませんが、現地通貨、すなわちドルで見たときには2000年以降、明確に上昇していることがわかります。

ここで全米平均の電気料金を赤い線で、産業用で電気料金の高いニューハンプシャーの料金を黄色い線で、産業用で電気料金の安いケンタッキー州の料金を緑の線で、全面自由化を実施した州の料金を薄い青い線で、全面自由化を実施していない州の電気料金を濃い青い線で、そして日本をピンクの線で表示しています。

これを見ると、アメリカでは、自由化をした州は電気料金が高いので自由化をしたわけです。ところが自由化をした州の電気料金は相変わらず全米平均を上回っています。そしてその上回る、乖離の幅を見ていただきますと自由化以前とほとんど変わっておりません。自由化をしなかった州、これは電気料金が安いので、自由化をしなかったわけです。依然として全米平均を下回っており、その乖離の幅は以前とほとんど変わっていません。またアメリカでは内々価格差が非常に大きいこともわかります。すなわち電気料金が高いところと安いところ、これに見ていただきますようにニューハンプシャーとケンタッキーでは非常に大きな内々価格差があることがわかります。

日本の電気料金は着実に下がってきています。現在ではニューハンプシャーのレベルにかなり近づいていることがわかります。また全米平均との格差も縮小してきていることがわかります。

次に家庭用について見ていきたいと思います。電気料金は、やはり2000年以降上昇しています。産業用と同様に自由化した州の料金は相変わらず全米平均を上回っています。そしてその上回る程度、すなわち乖離の幅は以前とほとんど変わっていません。自由化しない州は全米平均を依然として下回っており、その下回る程度、乖離の幅は以前とほとんど変わっていません。やはり家庭用でも内々価格差が大きいということがいえます。この黄色は家庭用で電気料金の高いマサチューセッツ州の料金、緑は家庭用で電気料金の安いウエストバージニア州の料金ですが、非常に大きな価格差があります。

日本の電気料金は着実に下がってきています。ただマサチューセッツ州と比べてもまだ格差はあります。しかし全米平均との格差は、着実に下がってきているということがわかります。

米国は世界でも電気料金が非常に安い。その理由としては需要家1件当たりの電力消費量がわが国と比べると3倍で、必要な固定費はkWh当たり3分の1で済むということが上挙げられます。日米の電気料金格差を検討する場合には、このような条件の違いも考慮しなくてはなりません。

それでは卸売価格と小売料金についてまとめておきます。まず卸売価格ですが、スポット価格の変動は他の財と比べ非常に大きく、価格スパイクがしばしば発生するということを確認しました。次に、小売料金は欧米の料金動向を見る限り、自由化は成功しているとは明確にはいえない。またわが国の電気料金は、国際的に遜色のないレベルに近づいています。

次に、「供給事業者の変更率」について見ていきます。ここでは新規参入者の販売シェアで見ていきます。まずわが国です。特別高圧需要家、大規模工場、デパート、ホテル、病院、大学などですが、昨年の半ばから供給事業者の変更率は4%台に乗せました。そして最近の速報では、8月で5%になったということです。これに対して高圧需要家、中・小規模工場、スーパー、中小ビルについては1%に満たないという状況です。そしてこれらの需要家を合計した自由化対象需要家で見ますと、供給事業者の変更率は2%強というところです。

これに対して欧米における供給事業者の変更率はどうでしょうか。まず欧州についてはデータの利用可能性から2005年までの供給事業者の変更率、すなわち累積で見ることにします。累積とは、需要家が過去において一度でも供給事業者の変更を行ったとすれば、たとえ以前の電力会社に戻ったとしても供給事業者を変更したとカウントされることになります。したがって2005年時点での供給事業者の変更率よりもここでの変更率は高めに出ていることに留意していただきたいと思います。

ここでは大規模需要家と小規模需要家について見ていますが、大規模需要家については、すでに50%以上の供給事業者の変更率がある国は、スカンディナビアの諸国、英国、イタリア、そして大部分の国で20%以上の供給事業者の変更率があることがわかります。これに対して小規模需要家に関しては、50%以上の供給事業者の変更率があるのはノルウェー1カ国のみ。そして多くの国で5%未満の供給事業者の変更率にとどまっていることがわかります。

次に米国について見てみたいと思います。まず産業用、業務用からです。産業用で、または業務用で、または産業用・業務用全体で見たときに、50%以上の供給事業者の変更率のある州が5州あります。それらは、メイン、ニューヨーク、マサチューセッツ、イリノイ、テキサスです。自由化した州全体で見ると、この色を塗ったところですが、2〜3割程度の供給事業者の変更率ということになります。

次に家庭用ですが、供給事業者の変更はあまり活発には行われておりません。自由化した州全体で見ると4〜5%ということになります。目立つのはこのテキサス、37.8%ですが、これは供給事業者の変更を促進する政策的な措置が取られているためです。すなわち、テキサスにおいては既存の電力会社の料金をこれ以下に下げてはいかないという規制をしています。そしてそのレベルは常に新規参入を促すように高めに設定されています。したがってテキサスの供給事業者の変更率は現在米国で一番になりました。このような政策の結果、かつてテキサスでは、電気料金は全米平均を下回っていましたが、現在では全米平均をはるかに上回っています。テキサスはアメリカではPJMと並んで自由化の優等生といわれていますが、料金の動向を見る限り、自由化に成功しているかどうかはかなり疑問です。

供給事業者の変更率をまとめておきたいと思います。欧米では、大口の産業用や業務用需要家と比べ、小口の家庭用需要家の変更率は低いといえます。需要規模が小さくなりにつれ、変更率も下がります。わが国では供給事業者の変更率は相対的に低いのですが、電気料金は確実に低下しています。この事実をどのように解釈したらよいでしょうか。一般に供給事業者の変更率は競争導入の程度を示していると考えられます。もしそうであれば、競争導入の程度が低いのに、電気料金は着実に下がっているのはなぜだろうかという疑問が出てきます。その答えは,潜在的な競争圧力です。当所では実証分析を行い、大口需要家、自家発、他電力会社からの潜在的な競争圧力で費用が削減され、料金が引き下げられたということを明らかにしています。

次に「需要家サービス」について見てみます。需要家サービスは改善しています。これはアメリカの電力会社の需要家サービスの現状を示したものです。アカウントマネージャーの設置とか、停電発生時の電子メール等による情報提供とか、技術的な問題発生時の社員派遣等々、さまざまなサービスが提供されています。注目すべきことは、需要家は電気料金だけで電力会社の評価、選定をしているわけではないということです。この図にありますように、供給信頼度、顧客サービス、企業イメージ、こういったいわゆる非価格要素も電力会社の評価・選定の大きなウエートを占めているということです。


需要家サービスについてまとめますと、需要家サービスは改善され、多種多様なものが開発されています。また需要家は供給信頼度や顧客サービスなどの非価格要素も重視しています。これについては研究成果発表1、「需要家ニーズに基づく電力自由化の評価」で詳しくご説明をします。

次に「信頼度」について述べます。電力の自由化により新規参入者も系統を利用するようになります。そうすると電力の潮流は変化します。ここで新規参入者とは文字どおりの新規参入者と競争者としての他電力会社も含みます。そして欧米では電力会社をまたぐ、あるいは国境を越える電力取引が増大しています。このため米国では送電線混雑解消処理が増加しています。

図では混雑発生のため、新規の送電の申し込みを受け付けない。または計画された送電を削減するなどの混雑解消処理の回数を示していますが、年々増加していることがわかります。このため電気事業者間の連系線や国際連系線の増強、また新たな建設が求められるわけですが、費用分担など難しい問題があり、なかなか進んでいないのが実態です。

信頼度についてまとめますと、信頼度確保のために潮流の変化に対応した送電線の新増設が課題となっています。そして長期的な観点から信頼度を確保していくためには、設備投資が着実になされることが必要です。これについては研究成果発表2「電力自由化時代の安定供給技術」で詳しくご紹介いたします。以上、「電力自由化がもたらしたもの」について、卸売価格・小売料金、供給事業差の変更率、需要家サービス、信頼度の面から検証しました。

それでは第3部、「電力自由化から何を学んだか」についてお話しします。ここでは5つの教訓について述べます。

まず教訓1は、「電力は特殊な財である」ということです。電力は、貯蔵ができません。また生産と消費の同時同量という性格を有しています。生活に欠かすことのできない必需財です。料金が多少高くなったからといって消費を減らすわけにはいきません。また発電・送電設備の完成までに長期間を要します。そのため需要が伸びたからといって直ちに設備の建設が追いつくわけではありません。そのため需要の増減や供給の増減で電力価格は大きく変動します。また生産と消費の同時同量という性格を利用して、電力の売り惜しみを行うことで価格の吊り上げを行なうといった市場支配力の行使が容易です。このような特殊な性格から、良好に機能する市場の設計は難しいといえます。また自由化に伴う取引の広域化により、電力系統の混雑はしばしば発生するようになり、価格変動はさらに大きくなり、市場支配力の行使も一層容易になります。

教訓2は、「急激な自由化には予想外の結果が」伴う可能性があるということです。このことはカリフォルニアの電力危機で典型的に示されました。自由化の制度設計には、解明されていない問題が多いのが現実です。たとえばアメリカで自由化の優等生といわれているPJMは、取引制度としてはスポット取引を前面に出したプール制度を採用しています。しかしわが国や欧州では、相対取引を中心とした取引制度が採用されています。プール制なのか、相対取引制なのか、いずれが優れているのか、いまだに議論の決着はついていません。したがってどのような自由化の制度設計が行われても、新たな問題に直面する可能性があります。問題が生じたときには柔軟に対応していく現実的なアプローチ、プラグマティックなアプローチが必要です。決して原理主義的な理念にとらわれてはいけません。まさに経験に学ぶことが大事です。

教訓3は、「需要家の価格への積極的な反応を引き出すことが重要」であるということです。すでに見たようにスポット市場の価格変動は非常に大きなものがあります。需要家の価格への積極的な反応がないと、価格スパイクは非常に大きなものとなり、また市場支配力の行使は容易になります。そこでリアルタイム料金を提供できるメーター、すなわちリアルタイムメーターの導入と活用が需要家の積極的な反応を引き出すのに有効と考えられるようになってきています。しかしこのことは小口の需要家には当てはまらないと思われます。価格変動のリスクヘッジのスキルを持たない小口の需要家は変動の大きいスポット価格にさらされることは望んでいません。長期の固定での取引を選好しています。

教訓4は、小口需要家への競争導入は難しいということです。欧米の例で見ましたが、小口需要家に対する競争は活性化していません。小売供給事業者にとってのマーケティングとか顧客サービス、バックオフィス活動、こういった費用は非常に大きく、利益を大きく圧迫しているのが現状です。またそもそも小口の自由化の成功には発電における十分な競争が存在していなければなりません。しかし多くの場合、発電における十分な競争は存在しておりません。その場合には発電における競争の利益が小口まで行き渡らないということになります。それでも自由化するというのであれば、小口の需要家をいかに保護するのかという問題に直面することになります。

教訓5は、「鍵は『イノベーション』」です。世界的に見たときに、自由化の成果はこれまで明確には現れているとはいえません。問題は、長期的な観点から自由化の便益が得られるかどうかということです。そのためには、大幅なコストダウンをもたらす革新的な発電技術が必要ですが、現在のところそのような画期的なイノベーションは出現していません。以上、電力自由化から何を学んだのか、五つの教訓について述べました。

それでは以上の議論を踏まえて、第4部、「日本型電力自由化の展望」に入りたいと思います。ここでは「計画的・長期的観点の重要性」、「電力取引所の位置づけ」、「発送電分離の問題」、「全面自由化の問題」について述べていきます。

まず「計画的・長期的観点の重要性」について、信頼度に関してです。電力の供給信頼度は、公共財的な性格を持っています。十分な信頼度を確保するためには、十分な発電設備と十分な送電設備が必要です。しかし市場に委ねるだけでは、マーケットメカニズムだけでは十分な発電設備と十分な送電設備は建設できないことが一般的に認識されるようになってきています。言い換えれば計画的な要素が必要であるということです。

米国では資源充足性義務という概念があって、十分な発電設備を保有する義務が供給事業者に課せられるのが一般的です。また米国では昨年、「エネルギー政策法」が成立されましたが、計画的に送電線を増強していこうという考え方になってきています。

「計画的・長期的観点の重要性」について、次は電源のベストミックスに関してです。完全な自由化市場においては、電気事業者は投資リスクを需要家に転嫁することはできません。そのため、投資家はリスクの軽減のため資本コストの小さい投資や早期の回収を選好するようになります。その典型的な例が90年代における、いわゆる"dash-for-gas"です。新規電源はほとんどガスタービンであったわけです。この結果、電源の偏りが生じ、電源に占めるガスのシェアが大きくなったところ、たとえば英国、米国でいえばニューイングランド地域、こういったところではガス価格の高騰でガスの供給保障の問題や、電気料金の高騰の問題に直面しています。電源のベストミックスは長期的な視点で構築されるべきものです。

次に「電力取引所の位置づけ」についてお話ししていきたいと思います。まずスポット市場についてです。まず確認しておかなくてはならないことは、わが国とか欧州のように相対取引を中心とする取引制度を採用する国では、スポット市場は市場参加者の取引を微調整する場であるということです。市場参加者が相対、より具体的にいえば先渡しで形成されたポジションを、いわばファインチューンする場であるということを確認しておく必要があります。しかし電力は貯蔵できません。したがって短期の取引であるスポット市場は必要です。したがってほとんどの国や地域で取引所が設立され、スポット市場が運営されています。

欧州では、相対取引中心の取引制度を採用する国がほとんどですが、この図にありますように計画中のものも含めて17の取引所があり、スポット市場が運営されています。

次に卸売市場の流動性の問題を考えてみたいと思います。

わが国ではスポット市場の流動性は徐々に高まってはきていますが、いまだに低いと指摘されます。また先渡し市場も十分には活性化していないと指摘されます。それは電力会社もPPSも電源の手当てが済んでいるという需給上の理由がまず挙げられます。

また取引習慣の問題もあります。北欧の取引所、ノルドプールや米国のPJMのように電力会社間の自主的な融通体制であるいわゆる協調的なプールが発達していたところでは、取引所取引を積極的に使う習慣があります。そうでないところでは、取引所取引を利便性の高いものにして、市場参加者が取引所取引を積極的に行うようになるまで時間がかかります。このことはドイツの取引所、EEX、ユーロピアン・エナジー・エクスチェンジで典型的に見られます。EEXは、2000年の設立当初、流動性は低いといわれていたわけですが、6年かけて流動性が徐々に高まってきました。わが国においても取引所取引が活性化していくためにはもう少し時間がかかると思われます。

またブローカーの存在も無視できません。ブローカーは取引を成立させるために積極的に動きますので、特に先渡し市場の活性化につながります。そしてこのことは、英国の例に典型的に見られるところです。

次に、「発送電分離の問題」を述べてきたいと思います。わが国では発送電の構造分離をせず、その代わり送配電部門の公平性・透明性の確実な担保を図るために電力系統利用協議会が設立されました。また差別的な取り扱いの禁止などの行為規制も定められました。しかし欧州や自由化を行った米国諸州では、構造分離が一般的に行われています。

その背景には第三者による系統への公平なアクセスを確保するという考え方がありますが、構造分離には問題もあります。まず範囲の経済性が失われる可能性があります。電気事業のように発送電などのきわめて密接に関連している機能を分離して別会社化すると、垂直統合していたときに得られていたシナジー効果が失われる。逆にいうと新たなコストが発生する可能性があります。また事故時の復旧に情報交流などで時間がかかるという問題もあります。さらに長期的な問題としては発電と送電の投資主体が異なる場合には、投資の整合性を確保していくことが困難となり、発送電全体で見た場合の投資コストが上昇するとか信頼性に影響が出てくる。このような可能性があります。

構造分離の得失について結論を申し上げます。先ほどお話しした範囲の経済性については、実は多くの実証分析がその存在を明らかにしています。当所でも、わが国電気事業に関して、垂直統合の利益が存在することを実証分析で明らかにしています。構造分離の得失を考えるうえでとりわけ重要なのは、発電と送電の整合的な投資の確保により、長期の経済的利益、また技術的利益、すなわち信頼度の確保にあるといえます。また構造分離により、系統への公平なアクセスを徹底化したとしても、発電市場における有効な競争がそもそも存在していなければ、その効果は小さいということにも留意すべきです。

次に「全面自由化の問題」について考えていきたいと思います。わが国では2007年4月ごろから全面自由化についての検討が始まる予定です。小口需要家への競争導入に関しては、種々のメリット・デメリット比較によるべきと考えられます。すなわち、発電市場に十分な競争が存在していないのに、小口需要家に価格低下のメリットが行き渡るのかどうか、マーケティング、リアルタイムメーターや料金徴収など小売供給にどれだけのコストがかかるのか、リアルタイムメーターを需要家がはたして使いこなすことができるのかどうか、これらの点を考慮しなくてはなりません。

全面自由化のコスト・ベネフィットを考えるうえで、とりわけ重要なコストはリアルタイムメーターのコストであると考えられています。またベネフィットは需要家がリアルタイム料金に積極的に反応することによる省電力効果と考えられており、問題は、コストを上回るベネフィットがあるかどうかということです。小口需要家に関しては疑問であります。

「日本型電力自由化の展望」についてまとめておきたいと思います。まず計画的・長期的観点の重要性を指摘しました。さらに垂直統合のメリットを経済性と安定供給の側面から確認しました。全面自由化は、社会的便益がコストを上回るかどうか不確実性が高いといえます。しかしその一方では、需要家の選択幅の拡大に意義を認めるという考え方もあると思われます。そのため、最終的には需要家の判断も尊重すべきだと考えられます。

これまで電力自由化の経験に学び、将来を展望することについてお話ししてきましたが、電力自由化、言い換えれば自由市場はエネルギー政策の一つの柱であり、エネルギー政策には自由市場、地球環境、安定供給の三つの柱があり、これらの整合性を確保していくことがきわめて重要です。当所では自由市場、地球環境、安定供給を支える技術開発を推進しており、これについては研究成果発表3で詳しくご説明したいと思います。

最後に「電気事業に期待される役割」について述べたいと思います。まず指摘しておかなければならないことは、世界的に電力供給保障が問題になっていることです。自由化したけれど発電市場は十分に活性化しているわけではありません。新規参入者も発電所をつくるのは容易ではありません。また欧米では、電気料金の値上げが相次いでいます。そのような中で、だれが供給保障を担うのか改めて問われています。電力会社は供給事業者の変更を行わない需要家をコア需要家として位置づけ、安定的で適切な価格で電力供給を行っていくことが求められています。

また長期的な観点から、社会の便益に積極的に貢献していくことも求められています。電力会社は低価格のサービスを提供するだけの存在ではありません。情報化社会や国民生活の高度化に対応した信頼度の高い電力供給を行っていくことが求められています。また地球環境保全やエネルギー安定供給のために着実な設備投資や研究開発を担っていくことが求められています。豊かな21世紀を切り開いていくためには、電気事業はこのような社会的な便益に積極的に貢献していくことが求められています。

以上で基調発表を終わります。ご清聴ありがとうございました。

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(財)電力中央研究所広報グループ