電力中央研究所

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電気新聞連載コラム 電力システムのコモンセンス
(vol.1) 「共通基盤」維持 理解の一助に

電力中央研究所 理事長 平岩 芳朗

多様な関係者が共通善を再確認

 若い頃、海外留学派遣で滞在した米国ボストンでコモンウェルスという言葉を随所で見聞きした。コモンウェルスは共和国の同義語として扱われ、原義はアリストテレスのポリスの定義「善なる目標を共有する団体」にさかのぼり、本質は共有された善なる目標(共通善)とされる。

 わが国では、電気は欲しい時に当たり前のように供給され享受を実感しにくいが、電力システムの共通善は「安全性を前提にエネルギーの安定供給、脱炭素を含む環境適合性、経済性のS+3Eの達成」であろう。わが国のエネルギー調達に係る不透明な世界情勢と、ネットのつながりが大前提の高度IT社会において、電力の安定供給とエネルギーセキュリティの重要性が再認識されている。

 電力システムは発電から需要設備まで、全体が送配電網と電気的につながるひとつの大規模なシステムである。電力の安定かつ効率的な供給と事故時の波及防止と早期復旧の観点から、電気事業者を中心に設備形成と運用、技術開発が進められてきた。今後、電力システムに出力変動性再生可能エネルギーや蓄電池・EV(電気自動車)などの分散型エネルギーリソースが多数接続され、デマンドレスポンスやアグリゲータなど多数の多様な事業者が電力需給調整に参画するため、電力システムは多くのプレーヤーが活用する共通基盤、プラットフォームでもある。電力系統に接続する発電所や需要地における短絡事故などの異常事象は瞬時に同じ電力系統に接続する全体に波及する。まさにワンボートである。

 現在の電気事業の制度設計は、発電・小売り・送配電の多くの関係者がそれぞれの義務を履行、または協力することで電力システムが安定に維持できる仕組みであり、垂直一貫体制で電力会社が一手に安定供給を引き受けていた状況とは異なる。このため、関係者が電力システムの『共通善』を再確認し、電力システムのコモンセンス(常識)について共通認識を持つことが重要である。

 今後も電力システム改革やエネルギー基本計画などの議論において、様々な立場から多様な意見が出されると思われるが、特に安定供給に関わる電気の物理的特性など、制度やルールによらない基本的な事項を中心に『電力システムのコモンセンス』として、ここに記してみたい。常識であるから何も新しいことは申し上げないが、ともすると断片的な情報によって社会で誤解が広まったり、必要性の理解が乏しいために大切なルールの履行がおろそかになることは避けなくてはならない。それには、電力システムの『共通善』のために社会で共有すべきコモンセンスを分かりやすく発信することが重要であり、電気事業に携わってきた者の役割と思っている。

 米国独立戦争当初、トマス・ペインは小冊子「コモンセンス」を刊行し、米国が独立によってのみ自由になれるのは常識であると、独立の戦いの目的を明らかにし、分かりやすく力強く訴え、植民地人の戦意を鼓舞した。今回、本コラムの連載の機会をいただいたので、私も最大努力したい。

需給バランス維持と周波数

 電力システムが他のシステムと大きく異なる点は、入力と出力の瞬時性と、それによる瞬時瞬時の需給バランス維持の必要性である。

 電力システムはエネルギー保存という物理法則に基づき、連系系統の全体が挙動する。送るという点で、電気はガスや水道とは本質的に異なる。ガスや水道は、導管を通じて物質を輸送する。導管やタンク等の内部に大量の物質が存在し、バッファ機能を有している。一方、送電は物質の輸送ではなく、発電と需要の間で電磁界のエネルギーが送配電網により光の速度で伝搬する。しかも電気の需要と供給は生活や産業・社会活動、気象などの状況に応じて常に変化する。このため、瞬時瞬時の需給(キロワット)バランスをとるのは、大変なことである。

 電力需給バランスのずれは周波数の変化として現れる。需要が供給を上回れば、発電機やモーターの回転数が減少し、周波数が低下する。上り坂にさしかかった自転車のスピード(車輪の回転数)が低下するイメージだ。強雷などにより大規模に電源が脱落し、周波数が大きく低下すると、系統連系を続ける発電機の安定運転が困難となり、保護装置によって電力系統から切り離す。するとさらに供給力が減少し周波数が低下するといった連鎖により、大規模停電に至る可能性がある。この対策として、周波数制御装置や系統安定化システムが構築されており、最悪のブラックアウトを回避するため、周波数低下を検知し一部の需要を切り離す自動制御も行われる。

電気新聞 2024年6月5日掲載

※発行元の一般社団法人 日本電気協会新聞部(電気新聞)の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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