電力中央研究所

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電気新聞連載コラム

電力システムのコモンセンス
(vol.4) 歴史に学ぶ 安定供給の重要性

電力中央研究所 理事長 平岩 芳朗

 健康第一。病床で誰もが思うこの常識はエネルギーや電力に当てはめると安定供給第一であろう。エネルギーと食料、防衛の安全保障は国家として確保すべき基本要素である。国際情勢とエネルギー情勢は歴史的に数十年スパンの大きな波があるが、特にエネルギー資源に乏しいわが国はエネルギーセキュリティ確保という常識を忘れてはならない。これを歴史から学ぶことは有意義である。

世界大戦とエネルギー

 1914年に勃発(ぼっぱつ)した第一次世界大戦はフランス、ベルギーを中心に欧州が悲惨な戦場となり多くの人命が失われたが、エネルギー政策面でも大きな転換点となった。石炭から石油への燃料転換とエネルギー安全保障に対する考えの出現である。本大戦で初めて用いられた戦車や戦闘機は石油を燃料とし、戦争の遂行には資源の確保が必要不可欠なものとなった。

 英国ではチャーチル海軍大臣(後の首相)が本大戦に先立ち全艦船の燃料を石炭から石油に転換することを決断した。これにより、軍艦の速度や行動範囲が飛躍的に向上した。ドイツ海軍の艦船増強に対し優位を保つために不可欠な政策であったが、当時国内に石油資源はなく、輸入による石油の安定供給は国家安全保障上の大命題となった。チャーチル海軍大臣はこれを十分に認識し、アングロペルシャ石油(BPの前身)を株式取得により国有化し石油安定供給への道筋をつけた。ペルシャへの石油依存度は万一を考え40%とし、ドイツとの戦争を念頭に油田を各地に持つシェルにも石油供給を求めた。

 『我々はどんなものでも、一つの性質のもの、一つのプロセス、一つの国、一つのルートそして一つの産地に依存してはならない。石油における安全性と確実性は、多様性と多様性のみにある』というチャーチルの名言は、エネルギー安全保障における神髄である。

 第二次世界大戦においてわが国が無謀にも対米戦争を開始した大きな契機は石油供給の途絶危機である。当時わが国の石油輸入依存度は9割以上。その8割以上を米国に依存していたが1941年のフランス領インドシナ南部への進駐は米国の対日石油全面禁輸を招き、英国とオランダも直ちに同調し、ABCD包囲陣が完成した。

 二つの世界大戦を経て、西欧では平和を確立するための国際的結束を求める機運が広がる。仏独間の戦争を繰り返さないため、経済と軍事の重要資源である仏独の石炭・鉄鋼の共同管理構想を1950年、フランスのシューマン外相が提唱。これを基に52年には欧州石炭鉄鋼共同体が発足し、現在の欧州連合(EU)の出発点となる。

石油ショックと近年の世界動向

 1970年代の石油ショックにより、先進国経済が中東石油に極端に依存していることが明白となり、わが国は省エネルギー技術の研究開発とともにLNG・石炭火力発電という燃種拡大と燃料調達先の多様化、原子力発電や再生可能エネルギーの開発により電源多様化を進め、総発電電力量に占める火力発電の割合は2010年度に65%に低下した。しかし東日本大震災後、原子力発電が全台停止し、その後一部再稼働したものの、2022年度の同比率は73%と震災前の水準を上回っている。

 近年の世界動向において市場障壁をなくし最も安く効率的に生産できる国から調達するグローバリズムは、その後、地政学リスクの高まりや専制国家の脅威を踏まえた経済安全保障の観点から修正が加えられている。

 風力発電など再生可能エネルギーを積極的に開発しNATO諸国の中で原子力発電の廃止を進め、ロシア産ガスを独自に輸入したドイツは、ノルドストリーム・パイプラインの停止・破壊によりエネルギー危機に直面し、LNG輸入基地の建設をはじめガス供給ルート確保が急務となっている。エネルギー価格高騰の影響などを受け、世界最大の総合化学メーカー・BASFをはじめドイツの国内産業が生産拠点を国外移転する動きもある。脱炭素で二酸化炭素排出量が減少しても主要産業が国外移転し雇用機会も失われるとしたら、国の目標とは何かという根源的な疑問に突きあたる。

必要となる原子力発電の活用

 脱炭素化やエネルギー安全保障の確保に向けて、安定した脱炭素電源としての原子力発電の活用が諸外国でも再評価されている。

 わが国の一次エネルギー自給率は2020年度で11.3%と他のOECD諸国の中で最低水準にある。エネルギー資源が乏しいわが国は安全確保と地元の理解を前提に原子力の活用は欠かせない。そのためには自由化のもとで投資回収や資金調達などの事業環境整備と、次世代原子力につなげる技術力の継承は必須である。

電気新聞 2024年9月4日掲載

※発行元の一般社団法人 日本電気協会新聞部(電気新聞)の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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