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電気新聞 でんき論壇

経過措置料金のあり方を考える

電力中央研究所 常務理事 村田 千春

 みなし小売電気事業者(以下、旧一電小売)7社は経産大臣の認可を受け、2023年6月に低圧分野の規制料金である「特定小売供給約款」の料金(以下、経過措置料金)改定を実施した。改定の理由は化石燃料価格の高騰による火力燃料費の負担増だったが、その際、問題となったのが「みなし小売電気事業者特定小売供給約款料金算定規則」(以下、算定規則)にある燃料費調整の上限規定である。算定規則には、経過措置料金の燃料費調整は料金算定の前提である基準平均燃料価格の1.5倍を超えることはできないと明記されている。この上限が制約となり、化石燃料価格の高騰を経過措置料金に反映できなくなったため、旧一電小売は料金改定の申請を行ったのである。各社の燃料費調整は2022年2月から順次、上限に到達し、値上げが実施されるまでに1年前後を要した。この間、旧一電小売のみならず、新電力の経営と低圧分野の顧客獲得・市場シェアに大きな影響を与えた。本稿では以上の経緯が小売電気事業全般に与えた影響を振り返り、燃料費調整の上限を中心に経過措置料金のあり方について考察したい。

 日本の小売電力市場では2000年3月の特別高圧以降、順次、自由化範囲が拡大、2016年4月に家庭用を含む低圧市場が自由化され、全面自由化が実現した。これに伴い料金規制も徐々に範囲が縮小されたが、低圧市場では競争状態が不十分なまま、いわゆる「規制なき独占」に陥ることを防ぐため料金規制を継続する措置が取られた。具体的には旧一電小売に対し、当分の間、経過措置料金等を定め、値上げ時には引き続き経産大臣の認可を必要とすることとなった。

 料金規制を撤廃する時期は2020年4月とすることを原則としたが、経産大臣が特に指定する旧供給区域の旧一電小売に対しては、その後も料金規制を継続する扱いとなった。同指定は新電力の市場シェアを主とした競争の進展状況等を総合的に勘案し、顧客の利益を保護する必要が特に高いと認められる場合に継続することとされ、現在も全ての旧一電小売が指定を受けている。

 指定については、継続すべきか、解除すべきか、が議論の中心となってきたが先般の料金改定に至るまでの経緯を踏まえ、継続するとしても、経過措置料金の内容そのものを見直すべきではないかとの意見が強まっている。本来、同料金は自由化後の激変緩和措置として旧一電小売に料金規制を課しつつ、この間に新電力の参入を促進することが必要と考えたために制度化されたものである。以下では、この本旨を踏まえて考察を進めたい。

 燃料費調整の歴史は古く、1996年に当時の一般電気事業者の料金改定時に全顧客を対象に導入された。本制度では、石油・LNG・石炭の貿易統計価格を、火力燃料構成と燃種別熱量比に応じて加重平均することで平均燃料価格の実績値を算出する。この平均燃料価格と料金算定時に同様に算定した基準平均燃料価格との乖離に応じ、小売料金を調整する。本制度の優れた点は単純で透明性が高いことで、導入後、四半世紀余りを経て制度の根幹が維持・継続されている理由は、まさにこの点にある。燃料費調整の上限を料金算定時の基準燃料価格の1.5倍とする扱いは、大幅な燃料価格上昇が顧客に与える影響が大きいことなどを考慮して、制度導入当初から適用され、以来、小売全面自由化後の算定規則にも反映されている。

 化石燃料価格はコロナ禍の影響により2020年以降低迷していたが、2021~2022年にかけて、世界経済の動向やロシアのウクライナ侵略等により、原油・LNG・石炭、全ての化石燃料価格が顕著に上昇した。これに伴い電力各社の火力燃料費は急上昇し、2022年2月、まず北陸電力の燃料費調整が上限に達した後、同年10月の中部電力ミライズを最後に、全ての旧一電小売の燃料費調整が上限に達した。

 このような状況を受け、旧一電小売5社が2022年11月末に、同2社が2023年1月末に、それぞれ経過措置料金等の変更認可申請を行った。申請の主眼は、基準平均燃料価格の改定にあったと考えるが、このとき多くの事業者が燃料費調整の上限制約による収支悪化にとどまらず、これに伴う自己資本の毀損・資金調達環境の悪化の懸念を訴求したのは事態の深刻さを物語っている。その後2023年6月1日に料金改定が実施され、基準平均燃料価格も更新されたが、変更認可申請を行った7社の経過措置料金は優に1年前後の長期にわたり、改定前の上限制約を受けていたことになる。なお、残る旧一電小売のうち2社は依然として燃料費調整の上限制約を受けている。

 このような経過措置料金の動向が新電力に与えた影響も深刻だった。当時、新電力の多くは旧一電小売の料金体系を準用した上で価格割引を行い、顧客を新たに獲得する営業戦略を採用していた。しかし燃料費調整の上限到達により、新電力にとって最大の競争相手の料金が大幅に抑制されたのである。東京電力エナジーパートナーを例にとると、経過措置料金の燃料費調整単価は2022年9月に上限(1kWhあたり5.13円、以下同じ)に達したが、その後2023年6月に料金改定が実施されるまでの9カ月間、仮に上限がなかった場合の調整単価との差は実に平均5円に及んでいる。

 これだけでも新電力の販売にとって十分な打撃といえるが、加えて新電力の主たる電源調達元の1つであった日本卸電力取引所のスポット価格の値付け方式に重要な変化があった。スポット市場の売り入札は余剰電源の限界費用による値付けにより実施されてきたが、国際商品市況上昇を受け、電力・ガス取引監視等委員会は2021年11月、燃料の追加的な調達価格を考慮し、売り入札を行うことを許容する運用方針を決定した。これを受け複数の発電事業者が売り入札の値付け方針を『調達済み燃料価格』から『追加的燃料調達を考慮した価格』に変更することを表明した。

 化石燃料価格の上昇に加え、この値付け方式変更等を背景に、スポット価格は、2021年度第2四半期(8円)以降、第3四半期(16円)、第4四半期(23円)に顕著に上昇し、2022暦年を通じて22円を超える水準(前年は14円)となった。このように販売・調達価格両面で新電力の経営環境は過酷な状況を迎えたのである。

 これらの環境変化は新電力の顧客獲得に大きく影響した。旧一電小売から新電力へのスイッチング件数(低圧)は、長らく月間20万~30万件程度で推移してきたが、2022年4月以降顕著に低下し、2023年以降は5万件程度に低迷したのである(図1)。この結果、季節的な変動を繰り返しつつも、順調に増加してきた新電力の電力量シェア(低圧電灯)は2022年8月にピーク(28.3%)を記録し、以降は低下・頭打ち傾向にある(図2)。このように経過措置料金の燃料費調整の上限規定は、新電力の参入を抑制する要因となり、結果的に旧一電小売のシェアを維持・拡大する効果を有していたといえる。

図1
図2

 一方、化石燃料価格の高騰下にあって、燃料費調整の上限が経過措置料金を利用する顧客への実質的な支援措置として重要な役割を果たしたのは事実である。国も2023年1月使用分以降、電気料金の激変緩和対策を、また2024年8月使用分以降、酷暑乗り切り緊急支援を実施し、低圧・高圧の電気料金に対し使用量に応じた補助を行っている。この間、顧客は燃料費調整の上限と国による補助、2つの支援を受けていたことになる。しかも前者は旧一電小売から顧客への実質的な所得移転にほかならない。「規制なき独占」を防止するために設定された経過措置料金に社会政策的役割を担わせるのは本来、適切でなく、その役割は国が果たすべきと考えている。国による一連の政策は、電気料金が国民生活・産業経済にもたらす影響の重さを強く再認識させるものだったが、同時に小売り全面自由化の中で燃料費上昇による国民負担を緩和する支援措置は、国が行うべきであることも併せて認識させられた。

 仮に、今後も経過措置料金を継続する場合、まず、その内容は卸価格と整合的である必要がある。また、旧一電小売に負担を要請する料金体系は継続可能性に欠け、加えて新電力の顧客獲得・市場シェア拡大に悪影響をもたらす。一連の経緯から得た教訓は以上の点だった。今般同様に、化石燃料価格の上昇で、燃料費調整の上限が制約となる事態が発生した場合、競争への悪影響を繰り返すことは不可避であろう。今回のような顛末(てんまつ)を回避する意味で、あらかじめ燃料費調整の上限を撤廃しておく意義は大きいと考えている。

 今後のあり方について、最後に2点指摘しておきたい。

 まず、今後進展する電源の脱炭素化との関連である。GX推進法により化石燃料賦課金、発電事業に関わる特定事業者負担金が導入されるが、これに先立ち、排出量取引制度が2026年度から本格稼働する予定となっている。既に経過措置料金には石油石炭税等の外生的な費用変動を機動的に反映できる制度が手当てされているが、同様に排出量取引等をはじめとして、今後導入される制度に伴う負担の変化を柔軟に反映できるよう、あらかじめ手当てしておくことが必要と考えている。

 2点目は従量料金の3段階逓増料金制のあり方である。1974年に導入された同料金制は、生活必需的な使用量に相当する第1段階の従量料金を比較的低く設定し、これを超過する第2、第3段階の従量料金を逓増させる料金体系で、現在も経過措置料金に組み込まれている。単身・2人世帯が既に全体の66%(2020年国勢調査)を占めており、人口構造的に漸増する状況下で、旧一電小売のみならず、これを準用する新電力も3段階逓増料金は徐々に収支を圧迫する要因となっている。特に季節的に電力需要が低下する、いわゆる端境月の収益が使用量以上に低下する影響は大きい。特に新電力にとって月次決算の黒字を安定的に維持することは、資金調達面で重要度が高く、3段階逓増料金制を見直す意義は大きいと考えている。

電気新聞 2024年9月30日掲載

※発行元の一般社団法人 日本電気協会新聞部(電気新聞)の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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