地球32周分!? 風で傷む配電線の寿命を「見える化」
早田主任研究員は配電線の風揺れによる劣化度を推定・可視化するツールを開発した
家庭やオフィス、工場に電気を送り届ける役割を担う配電線。屋外では風で繰り返し揺らされることで損傷が進むため、定期的な点検や張り替えなどの保守作業が必要だ。高度経済成長期に大きく整備が進んだ配電設備は今後、高経年化の波が押し寄せる。一方、点検・保守作業を担える人材の不足が課題となっている。
サステナブルシステム(SS)研究本部の早田直広主任研究員は、配電線の風による疲労蓄積を評価する手法を確立し、損傷が進んでいると予想される地域や設備を優先して効率的に点検・保守作業を進めるための新たなツールを開発した。ツールは既に一部の電力会社の管轄エリア内で活用されている。
地球32周分の架空配電線路、どう維持する?
電気事業連合会(電事連)の電力統計情報によると、国内における架空配電線路の亘(こう)長は129万キロメートル(2024年度)、地球およそ32周分にも及ぶ。亘長とは鉄塔や電柱間を結ぶ直線距離であり、配電線自体の長さの合計にあたる架空電線延長は406万キロメートル(同)とさらに長い。
一方、膨大な配電線をいかに維持管理していくかは大きな課題だ。配電設備は1950年代~1960年代の高度経済成長期、旺盛な電力需要に対応するために新設・更新が進んだ。今後、これらの設備が更新時期を迎え、保守負担の増加は避けられない。
さらに日本では労働人口減少が進んでおり、今後さらに深刻化すると考えられる。電力業界も例外ではなく、経済産業省の調査では、電気設備の保守・管理を担う電気主任技術者の免状取得者数は2012年~2021年の10年間に54851人と、2002年~2011年に比べて約9%減った。限られた労働力で配電線網を維持するには、劣化の蓋然性が高い箇所を優先して効率的に点検・保守していく必要がある。
配電線を蝕む風の力
配電線を劣化させる大きな要因の一つが風だ。強風で配電線が繰り返し揺れると金属疲労が蓄積し、最悪の場合断線してしまう。断線は停電だけでなく、切れた電線による感電などの事故につながる危険もある。
金属疲労により断線した配電線
電力広域的運営推進機関(OCCTO)は2021年、電気学会が技術報告でまとめた「配電線の劣化要因と危険優先度」を基に「高経年化設備更新ガイドライン」を定めた。このガイドラインでは風による金属疲労を対象として標準期待寿命を算出しており、銅電線は52年、アルミ電線は56年が標準期待寿命であるとしている。
一方「ガイドラインでは、電線の標準期待寿命がわずか1地点での実測データから定められている点に注意が必要」(早田主任研)だ。地形や周辺環境の影響によって配電線の劣化速度は異なると考えられる。例えば海岸沿いや山風が強く吹く地域、台風がよく通る地域などでは、より風の影響が大きくなる。
また劣化による配電線の断線は、揺れによる曲げの力が最もかかりやすい電柱への固定部分(把持部)で起こることがほとんどだが、配電線がどのように電柱に固定されているかによって疲労が蓄積する箇所や度合いは異なる。
個々の配電線の劣化をより正確に予測するため、早田主任研は「現場の実態に即した高度な余寿命評価手法が必要」と考えた。具体的には、①全国各地で風による配電線へのダメージはどれくらい異なるか、②配電線の種類や把持部の固定方法によって寿命がどう変わるか、の2点をシミュレーションや実験で評価し、これらを組み合わせることで配電線の余寿命を科学的に推定できるようにした。
全国各地の風を読む~長期気象データや土地情報を活用~
地域ごとに異なる風の影響を推定するために用いたのが過去60年間の気象を5kmの解像度で記録した電中研の気象データベース「CRIEPI-RCM-Era2」の風速・風向のデータだ。これを国土交通省の100m解像度の土地利用データを使って補正し、任意地点で建物や樹木などの影響を考慮した風の強さや頻度を推定する。推定の精度は、過去に断線が発生した14地点での1年間の風観測により確認した。
複数のデータを活用して全国各地の風速などを推定できるようにした
さらに推定した風の強さや頻度を基に、電中研が開発した有限要素解析コード「TCDYNA」で風応答解析の手法を用いて配電線の揺れや荷重を解析し、把持部にどれぐらいのダメージが蓄積するかを求められるようにした。
試験装置から開発! 苦節8年、配電線の疲労強度評価方法を確立
風によるダメージに配電線がどれだけ耐えられるかは、配電線の種類や把持部の固定方法によって異なる。これを個別に確かめるため、風による配電線の揺れを模擬する疲労試験装置も開発した。この試験装置の開発とデータの蓄積には8年の年月を要した。早田主任研はこの期間を「失敗と試行錯誤の連続だった」と振り返る。
安定した試験結果を得るため、試験装置の至る所に工夫を重ねた
最初は実際の状況と同じように、把持部側を固定し、配電線のもう一端を試験装置で揺らす構造を試した。だがこの方法では配電線と試験装置の接合部の負荷が大きく、肝心の把持部よりも先に試験装置側で配電線が断線してしまった。現在はあえて把持部側を試験装置で揺らすことで、実際の配電線の把持部にかかる負荷を再現している。
試験装置自体が壊れてしまうこともあった。当初はコスト面を考慮して電動式の加振機を採用したが、日々休みなく試験装置を動かし続けたため部品が摩耗しヒビが入ってしまい、油圧式の加振機に変更。他にも配電線への不要な張力の変化を抑える機構の開発など、試験装置の至る所に改良を重ねた。
試験装置で配電線を断線させるには概ね数十万~数百万回の負荷を与える必要があるため、試験期間は1回あたり2週間~1か月に及ぶ。時間をかけた試験が失敗に終わったことは数知れず、「今思い出してみても、大変な思い出ばかりだった」(早田主任研)という。
試行錯誤を重ねてようやく安定した実験ができるようになったのは研究を始めて5年が経ったころ。現在ではほとんど失敗することなく、実験データを得られている。試験準備作業の負担を減らしながらより安定した試験結果を得るため、試験装置は今も改良を進めている。現在までにおよそ10種類の配電線、5種類の把持部に対する試験データを蓄積。どの組み合わせがどれだけ風による負荷の蓄積に耐えられるか、数値評価できるようになった。
点検・保守を優先すべき配電線はどこ? 一目瞭然のツールを開発
早田主任研はこれらの研究成果を用いて配電線の疲労損傷評価ツールを開発した。このツールでは、配電線の損傷が進んでいる可能性が高い地域、個別の配電線の余寿命といった情報を地図上で確認できる。そのため、断線の危険度が高い設備の更新を優先したり、点検・保守が必要な時期を先読みして施工時期を標準化したりするといった効率的な保守管理計画の策定が可能になる。
点検・保守を優先すべきエリアや個別の配電線が一目で分かる
電柱の緯度・経度、配電線の材質(アルミか銅か)、配電線の太さ、設置年、径間長(配電線が設置されている電柱間の距離)といったデータを基に疲労損傷度や余寿命を算出する仕組みで、これらのデータがCSV形式でまとまっていればすぐにツールを使える。
「(ツールを導入した)一般送配電事業者の担当の方からは『これまでは配電線の寿命を評価する方法もツールもなかった。ツールを使えば客観的に評価できるので非常にありがたい』と評価いただいた」(早田主任研)。
余寿命評価の対象を拡大 早田主任研が見据える今後の展望
これまでの研究では、配電線やその把持部を対象に風による疲労損傷や余寿命を評価してきた。今後は配電線を支える電柱にも研究対象を広げる。
電柱も配電線と同じく、強風により繰返しの負荷が加わる。特に根もと部分には負荷が集中しやすく、疲労によるひび割れや損傷が蓄積する可能性がある。早田主任研は「配電線の疲労強度評価手法を生かせる」とみている。
電柱はコンクリートにひびが入ると、塩害や雨水などによる内部の鉄筋の腐食も進みやすくなる。電中研内には鉄筋コンクリートの腐食についての研究知見もあるため、必要に応じて連携しながら実態に即した評価手法の確立を目指す。
2023年度から「レベニューキャップ制度」が本格導入されたこともあり、送配電事業者は限られた原資の中でより効率的に設備投資や維持管理を進めることを求められている。早田主任研は「研究を通して、配電設備のより計画的・合理的なアセットマネジメントに貢献していきたい」と意気込みを語る。
(No.499/2026年5月21日)