電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(230)
低線量・低線量率の放射線リスクはどこまでわかっているか?
(クリアランス判断の不確かさをどのように扱うべきか?)

クリアランス判断の不確かさとは

クリアランスレベルとは、放射性物質の放射能濃度が極めて低く人の健康への影響が無視できるため、放射性物質として扱う必要のない物を区分する放射能レベルを指す。放射性物質をクリアランスできるかの判断は、多くの場合、測定が容易なガンマ線の測定結果に基づいて行われる。しかし、ガンマ線を放出しない難測定核種も一緒の場合、測定する核種に対する難測定核種の組成比をあらかじめ推定し、これを用いて難測定核種も含めてクリアランス判断することが必要となる。一般的に、この推定組成比には大きな不確かさを伴うため、クリアランス判断する際に測定結果と推定組成比の不確かさをどのように扱うべきか、今、国際的な議論になっている。

国際的議論の動向

国際原子力機関(IAEA)では、日本のクリアランスレベルの引用元である安全指針RS-G-1.7の改訂を計画し、新しいクリアランス安全指針案(DS500)を作成中である。DS500のドラフトは、2018年2月から2019年6月にかけて計四回開催された専門家会合で作成された。専門家会合には世界から四名の専門家がIAEAに招聘され、我が国からは、これまでのクリアランス研究の実績が認められて筆者が参加した。クリアランス判断の不確かさをどのように扱うべきか、まずこの専門家会合で議論となった。

筆者は日本原子力学会標準「クリアランスの判断方法:2005」の執筆者の一人であり、筆者の提案に基づき本標準では、確率論的なアプローチを用いて、測定結果と推定組成比の不確かさが判断基準を超えるほど大きい場合には、適切に安全裕度を設定して厳しくクリアランス判断する手法が採用された。本手法は、2006年に原子力安全・保安院が認可したクリアランス申請に活用され、さらに2012年に発行されたIAEAのクリアランス検認に係る安全レポートにおいても採用されている。筆者は専門家会合で本手法のような不確かさの合理的な扱い方を採用すべきことを主張した。

一方、独国の専門家は、計量学に基づく国際規格や独国の規格等を引用して、測定結果と推定組成比の信頼区間上限値(不確かさを考慮した高めの値)を用いてクリアランス判断する方法の採用を主張した。信頼区間上限値を用いる方法は、学会標準の手法に比べて最大で約十倍厳しいクリアランス判断が要求される。

計四回の専門家会合の終了後、IAEAは最終的に信頼区間上限値を用いてクリアランス判断する方法だけをDS500ドラフトに採用した上で、2020年4月から5月末にかけてIAEA加盟国等から意見募集した。この厳しい不確かさの扱いについては、英国や国際放射線防護学会(IRPA)を始めとする8つの加盟国等から反対意見が提出された。同年9月IAEAは集めた意見を反映したドラフトを発表し、不確かさの扱いについては学会標準の手法と信頼区間上限値を用いる方法が併記された。しかし、本年3月、IAEAは信頼区間上限値を用いる方法のみを記載した修正版ドラフトを発表し、7月6日までの加盟国からの意見募集を開始した。

我が国の状況

IAEAが意見募集に向けてDS500のドラフトを取り纏めていた段階の2019年9月、我が国の原子力規制委員会は、信頼区間上限値を用いてクリアランス判断する方法を新たなクリアランス審査基準として制定した。筆者は、信頼区間上限値を用いてクリアランス判断する方法の問題点を考察し、またこの方法をクリアランスだけでなく他の放射線防護基準に対しても要求する独国の放射線防護委員会勧告の問題点を指摘し、世界各国の放射線防護の規制者や専門家に向け、国際放射線防護委員会(ICRP)やIRPA主催の国際会議で論文発表による意見発信を行い、DS500と国内規制への反映を目指した活動を続けている。この国際的な議論を通じて、低線量放射線を科学的根拠に基づき合理的に規制することの重要性を多くの専門家に認識して頂くことを切に希望する。

本稿にて電中研の放射線生物研究と放射線防護研究についての5回の連載を終了する。 

著者

服部 隆利/はっとり たかとし
電力中央研究所 原子力技術研究所 研究参事。
1986年度入所、専門は放射線防護。博士(工学)。

電気新聞 2021年3月31日掲載

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