電力中央研究所

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電気新聞テクノロジー&トレンド

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地熱資源の活用に向けた電中研の技術開発

地熱発電の導入に際しては、その環境負荷を適切に把握し、必要に応じて軽減することが重要である。そのため、一定規模以上の地熱発電所を建設する際には、法令に基づく環境アセスメントの実施が義務付けられている。近年は、環境アセスメントに用いられる調査・予測手法の高度化、および、合理化のため、数値シミュレーション技術やAI(人工知能)技術を活用した予測技術の開発も進められている。ここではその一部について紹介する。

第2回 地熱発電所に係る環境影響評価技術の高度化

硫化水素の拡散評価、気象調査/数値予測でコスト大幅減
地熱発電は、化石燃料を用いる火力発電に比べて、温室効果ガスの排出量が大幅に少ないが、地下から汲み上げた地熱流体には硫化水素などの成分も含まれている。また、タービンを回した蒸気を冷却するための冷却塔からは蒸気が排出されるため、気象条件によっては白煙が生じて景観が変化する。発電所の建設に際しては、これらの環境影響を事前に把握することが重要であり、一定規模以上の出力となる発電所では法令に基づく環境アセスメントが実施される。環境アセスメントで実施される様々な調査・予測・評価のうち、ここでは、地熱発電所に特有である硫化水素と冷却塔蒸気に関連する調査・予測技術を紹介する。

風洞実験に代えて
地熱流体に含まれる硫化水素は、一部が冷却塔からの排気に混ざって大気中へと排出され、周囲の建屋や地形、樹木などの影響を受けて移流・拡散していく。このように複雑な気流・拡散場を正確に予測することは容易ではないが、電力中央研究所では、ラージ・エディ・シミュレーション(LES)と呼ばれる数値シミュレーション手法を採用することで、従来、風洞実験で行われていた硫化水素拡散予測に代わる、高精度な予測モデルを開発した(図1)。LESによる数値シミュレーションは、計算時間が膨大となり、スーパーコンピューターの使用が不可欠となる。そのため、これまで発電所の環境アセスメントでLESが使用された例はほとんどなかったが、開発した予測モデルはすでに5地点の地熱発電所に適用されており、従来の風洞実験手法よりも大幅にコストを削減できるようになった。本予測モデルを用いた硫化水素の予測・評価手順は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からガイドラインとして公開されており、環境アセスメントにおける標準的な手法となっている。

図

このほか、電力中央研究所では、冷却塔からの白煙発生領域を予測するモデル、冷却塔蒸気による周辺樹木への着氷発生範囲を予測するモデルも開発しており、環境アセスメントに利用されている。

開発期間の短縮へ
また、現在進行中のNEDOプロジェクトとして、環境アセスメントの中で実施される通年の気象調査を数値シミュレーション手法に置き換えていくことを検討している。地熱発電所が多く立地する山間部において、積雪期を含む通年の気象観測を行うには多くの労力とコストがかかる。これを数値シミュレーションに基づく代替手法に置き換えることができれば、コスト削減だけでなく、リードタイムが長いとされる地熱発電所の開発期間短縮にも寄与することが期待される。

代替手法のベースとしては、天気予報などにも用いられる「気象モデル」を使用するが、気象モデルの出力結果は空間解像度が粗く、そのままでは山間部の複雑な気流予測に適用できない。そのため、近畿大学の道岡武信教授を中心に、機械学習を活用して風速の予測精度を向上させる技術も並行して開発を進めている(図2)。これらの技術の実用化を進めることで、地熱発電の導入拡大につながることが期待される。

図

<用語解説>
ラージ・エディ・シミュレーション:数値シミュレーション手法の一つで、流れの大きな渦構造は計算格子で直接解像し、格子サイズ以下の小規模な渦構造は統計的な方法でモデル化することで、計算負荷を低減しつつ高精度な流れのシミュレーションを可能としたもの。

著者

瀧本 浩史/たきもと ひろし
略歴 電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 主任研究員
2012年度入所。博士(工学)。専門は大気拡散、風工学。

電気新聞 2024年5月27日掲載
電気新聞ウェブサイト 2024年6月21日掲載

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