電力中央研究所

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電気新聞テクノロジー&トレンド

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産業用ヒートポンプの普及拡大に向けて 

本連載では、電力中央研究所、日本エレクトロヒートセンター、ヒートポンプ・蓄熱センターの3者で、全4回にわたって産業用ヒートポンプについて解説を行う。第1回では産業用ヒートポンプへの期待が高まっている背景、第2回では足元の普及状況、第3回では導入ポテンシャルについて紹介した。最終回となる第4回では、当所が実施したアンケートを紹介しつつ、産業用ヒートポンプの導入障壁の実態や対応策について考察する。

第4回 産業用ヒートポンプの普及バリアと対応策

費用負担、導入を阻む/補助金、生産性…利点訴求を
産業用ヒートポンプは電力を用いた省エネルギー技術であり、事業者の燃料代の削減や、脱炭素化された電力で駆動することで、より高い脱炭素効果が見込まれる。しかしながら、現状では、こうした経済的・社会的メリットから期待されるほどには普及が進んでいない。こうした現象は「省エネルギーギャップ」と呼ばれ、ギャップを生じさせる普及バリアの実態把握が必要となる。

製造業対象にヒア
筆者は、我が国における産業用ヒートポンプの普及バリアについて実態を把握するため、2021年に国内製造業を対象としたアンケートを実施した。産業用ヒートポンプの導入が難しいと回答した製造業事業所に対して、導入が難しい理由を尋ねたところ、最も回答数が多かったのが「設備費用が高い」という、コストに関するバリアであった(図)。また、「投資回収年数が長い」との回答も多く、多くの製造業事業所が高い初期費用や長期化する投資回収年数をバリアとして認識している様子が確認された。

図

コストに関するバリアの解消策として、初期費用負担を低減するための補助金や低金利ローン・リースなどの各種ファイナンス手法の活用促進が挙げられる。例えば、令和5年度補正予算から、省エネ補助金に「電化・脱炭素燃転型」が新設されるなど、産業用ヒートポンプの導入を含めた電化促進策が講じられており、このような支援策の活用を促していく必要がある。

加えて、産業用ヒートポンプ導入に伴うエネルギーコスト削減以外の生産性向上メリットについても、需要側での認知度を高めていく必要がある。国内の産業用ヒートポンプ導入事例では、化石燃料を用いる燃焼式の熱供給設備と比べて、製造工程の安定化や制御性向上、除湿能力向上といったメリットが報告されている。これら生産性メリットの定量的な評価事例を増やし、製造業事業所が投資判断時に考慮できるようにしていくことも、コスト面のバリア緩和に寄与する可能性がある。

場所、人材も課題
非コスト面では、「追加設置場所がない」という回答が最も多く観察された。対応策の一つとして、工場の新設時をターゲットとした対策が考えられ、例えば、産業用ヒートポンプの導入を含む脱炭素工場の設計を促すような金銭的・非金銭的支援が考えられる。

加えて、「導入に向けた社内エンジニアリング人材の不足」や「既存生産設備の変更に対する不安」など、導入時のエンジニアリングに関する回答も多く見られた。産業用ヒートポンプは、工場内の排熱活用や冷熱・温熱の同時供給を行う場合に高い省エネ性能を達成できるため、導入時のエンジニアリング分析が重要となる。エンジニアリングに関する人材・情報不足の解消に向けて、多様な業種・プロセスにおけるモデル工場での生産プロセスへの統合を促す実証事業や、得られたエンジニアリング事例をガイドブックなどで広く公知化していくような取り組みが考えられる。

このほか、アンケートでは、特に中小企業など従業員数の少ない事業所において、電気を利用する熱供給設備の認知度が低く、脱炭素化に向けた取り組み内容として電化を選択する工場が少ない傾向が観察された。中小企業は人材・資金などのリソースが必ずしも十分ではないと考えられ、CO2排出量削減計画の策定や設備投資に対する支援策などが必要である。

本連載では、4回にわたり産学の両視点から、産業用ヒートポンプ普及への期待、現況、課題などについて論じた。省エネ、省コスト、生産性向上といった便益の追求と脱炭素化の両立を実現していくため、バリアの実態に基づいた対応策の検討が肝要である。

著者

向井 登志広/むかい としひろ
略歴 電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員
2015年入所。入所後、スマートメーターデータなどを活用した家庭部門の省エネ行動変容に関する方策検討や効果検証に従事。19年頃から、産業部門の脱炭素化・電化に関する調査研究に着手。博士(工学)。

電気新聞 2024年12月2日掲載
電気新聞ウェブサイト 2024年12月27日掲載

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