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チェルノブイリ事故の健康影響に関する報告書について

 チェルノブイリ事故から20周年を機に、事故による健康影響についての報告書が相次いで発表されました。特に、複数の国際機関チェルノブイリフォーラムが2005年秋に発表した死亡数予測4,000人[1]が、2006年4月のWHO報告書[2]で9,000人に修正されたと新聞等で報道され、議論を呼びました。さらに、国際がん研究機関(IARC)のCardisらは、2006年4月にWHO報告書と前後して死亡予測数が約16,000人とする論文[3]を発表しています。


 ここでは、それぞれの報告書の数字の違いについて調べた結果をご紹介します。


[1] The Chernobyl Forum;「Chernobyl’s Legacy: Health, Environmental and Socio-economic Impacts and Recommendations to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine」, IAEA(2005)


[2] Burton Bennett et al. Ed;「Health Effects of the Chernobyl Accident and Special Health Care Programmes」, Report of the UN Chernobyl Forum expert Group Health, World Health Organization(2006)


[3] Cardis et al. ;「Estimates of the cancer burden in Europe from radioactive fallout from the Chernobyl accident」, International Journal of Cancer, Early view 20/04/2006


  • チェルノブイリフォーラムの2005年9月報告書の4,000人、WHOの2006年4月報告書の9,000人は、評価対象とした範囲の違いによるもので、その間にリスク係数(単位被ばく量あたりの増加リスク)の見直しは行われていません。いずれの報告書でも、Cardisらが1996年に発表した論文[4]を引用しており、フォーラム報告書ではそのうちの除染作業者(平均線量100mSv)、避難住民(同10mSv)、最も汚染した地域住民(同50mSv)までの約60万人を対象としたのに対して、WHO報告ではその他の汚染地域の住民(同7mSv)を含めた約740万人に広げたことが死亡予測数の違いのもとになっています(表1)。


  • Cardisらが2006年4月に発表した論文[3]では、死亡予測数が約16,000人とされています。この論文では、対象者をヨーロッパ全域の約5億7000万人に拡げるとともに、リスク係数を昨年公表された米国科学アカデミーのBEIR-VII報告書[5]に基づいて見直ししています(表2)。これにより、リスク係数は1996年論文[4]の10%/Svから5.1%/Svに下がりましたが、対象範囲を大きく広げた効果により全体として死亡予測数が大幅に増加しています。


  • これらの数字は、どんなに低線量の放射線でも放射線の影響は線量に比例するという考え方に基づいていますが、大集団が自然に存在する程度の微量の放射線を被ばくしたような場合にまで、線量、被ばく者数とリスク係数をかけあわせてガン死亡数を計算することは合理的とは言えません。Cardisらの2006年論文で対象としている地域には、事故による被ばく量が自然放射線レベルよりも少ない地域も含まれており、事故による影響を識別することはたいへん難しいにもかかわらず、人数が多いためにがん死亡数も多く評価されてしまうことになるからです。


  • 以上のような背景から、2006年4月26日にウクライナ政府の主催でIAEAやWHOも参加して開催された国際会議の結論として、将来の死亡予測数を従来の4,000人から変更しないことが確認されています。


[4] Cardis et al.;「Estimated long term health effects of the Chernobyl accident」, Proceedings of an International Conference One Decade After Chernobyl Summing up the Consequences of the Accident, Vienna, 1996, p241-279, STI/PUB/1001. IAEA(1996)


[5] Committee to Assess Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation;「Health Risks From Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII Phase 2」, National Research Council of the National Academies(2005)

表1 チェルノブイリ事故による過剰がん死亡の予測

WHO2006年報告書「表12」(p.108)より作成

注) AF:寄与割合=(過剰死亡数/全死亡数)×100

表2 Cardisらによるヨーロッパにおける過剰がん死亡の予測

Cardis et al.[3]より作成

注) AF:寄与割合=(過剰死亡数/全死亡数)×100

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