■Tubianaら「低線量リスクアセスメント:国際ワークショップのサマリーへのコメント」
RADIATION RESEARCH 167, 742-744 (2007)
所属:アントワーヌ・ベクレルセンター(フランス)、フランス科学アカデミー
立場:LNT理論に反対
- 生物学的データからは低線領域のLNTは支持されない。
- BEIR Ⅶ委員会はフランス科学アカデミーの結論のベースとなる論文についてその大半を引用しているが、その考察については多くに触れず、データの一部も考慮に入れていない。BEIR Ⅶ委員会がなぜこのようなことをしたのか理解できない。
- 疫学、インビボ(生体内)もしくはインビトロ(試験管内)の実験データから、直線関係に対抗する証拠が示されている。
- わずかな線量でもガンリスクを増加させるという考えは、最近の科学的データを考慮していない。
今後、議論すべき点
- DNA損傷の大きさに関係なく、常に存在する細胞防御システムの有効性に関するLNTの生物学的関係の定義づけをする。超線形の線量効果関係は、損傷の量が小さく自然バックグラウンドによる損傷の範囲内である場合、有効性は小さくなる。
- LNT仮説の支持者・反対者双方の意見を明確にし、新しい実験データについても述べる必要がある。
■Brennerら「低線量リスクアセスメント:我々は更に学ぶべきことがある」
RADIATION RESEARCH 167, 744 (2007)
所属:コロンビア大学放射線研究センター
立場:LNT理論に賛成
- 低線量放射線誘因性リスクの程度について安易に決定的声明を出す段階ではない。
- 疫学ではわからない極低線量において、放射線誘因性のガンリスク評価をすることは容易でない。
- より高い線量からLNTで外挿したリスクは、ある種いかにも尤もらしい生物物理学的理論である上に、過直線仮説としきい値仮説という正反対の仮説の中間的立場を説明するものでもある。
- 現在しきい値のない直線リスクモデルの中立的立場を認めているICRPやNCRPといった放射線防護機関を責めることは難しい。
- 科学データベースが重要となる。
■K.L. Mossman「政治経済の角度からのLNT理論の評価」
RADIATION RESEARCH 169, 245 (2008)
所属:アリゾナ州立大学(米国)
立場:LNT理論は科学的にはまだ決着つけられない。ただし、社会的には問題がある。
LNT論議には科学と政策という2つの側面がある。
- 科学的な問題について
- 科学的な問題の複雑さについては、Tubiana、Brenner両氏が明確に説明しており、解決には議論の余地がある。
- 約100mSv未満では、統計的に有意な放射線リスクデータが不足している。
- 分子疫学、分子生物学の分野で、(ほとんどのガンについてしきい値の存在を調べられるような)新しい手法が開発されるまでは、1つの予測理論が他を排除することはないだろう。
- 社会的な問題について
- 放射線防護の基礎としてのLNT理論には、基準遵守のための過剰なコストがかかる。米国会計監査院(GAO)のレポートでは、除染基準を放射線リスクゼロの方向へ下げていけば費用負担がおおきくなることを示唆している。たとえば、ネバダ核実験場の除染レベルとコスト(1995年の価値)の関係は、1mSv/年で3500万ドル、0.5mSv/年で10億ドル。
- 放射線の線量がどんなに小さくても潜在的な害になるという考えは人々に放射線に関する根拠のない不安を植えつけ、医療における放射線使用を含め原子力テクノロジーへの恐怖を与え続ける。
■B.E. Leonard「LNT理論に関するコモンセンス-一般社会に変化を与える」
RADIATION RESEARCH 169, 245 -246(2008)
所属:International Academy for Hi-Tech Services, Inc.(米国)
立場:LNT理論に反対。低線量放射線被ばくは直線を下回る反応もしくは防護的でさえある。
生体外、生体内のデータの多くが、適応応答による放射線防護の存在を示唆する。
- Leonardらの実験結果
- 適応応答防護は極小線量率でわずか1個の荷電粒子の軌跡が細胞核を横断したことで生じる、潜在的に発ガン性で自然発生の新生物の変化に対して発生する。
- バイスタンダのない状態で、各細胞内で発生した最初の放射線偶発事象は、有害どころかむしろ防護的
- 低LET放射線被ばくのバイスタンダ効果について
- 低LET放射線が誘因する直接的な有害なバイスタンダ効果の証拠はない。
- 低LETについては、適応応答の確認例はたくさんあるが、バイスタンダ効果の確認例はない。
- Brennerらの「少なくとも同様に『低線量リスクは疫学データの直線外挿から予測されるリスクを上回るであろう』ということを示唆する間接証拠がある」という主張は低LET放射線について完全な間違いである。
- 高LETラドン娘核種α粒子の被ばくとバイスタンダ効果について
- 高LETラドン症例においては、α粒子マイクロビームデータから示されるようなバイスタンダ効果の強力な証拠が存在する。
- ゾウらの示唆では「バイスタンダ効果の染色体損傷は適応応答の変化に左右される」とされる。
- ポール‐ルーリングらの生体外及び生体内のラドン娘核種α粒子線量反応に関するLeonardらの最近の解析等から、「BrennerらBaDバイスタンダモデルを使ったU字型線量反応データの説明には、低LETラドン娘核種のβ線による適応応答の導入が必要である」ことが示唆される。
- マンモグラフィX線の過剰ガンリスクについて
- ヒエスら、Brennerらが、マンモグラフィX線の高い生物的効果比(RBE)のファクタとマンモグラフィ線量レベルの直線線量反応に関してかなり強く警告を発している。
- ヒエスらのファクタの評価は4.4、Brennerらファクタ評価は、日本の原爆生存者による直線のしきい値なしの外挿を使ったソフトマンモグラフィーX線から過剰ガンリスク2となった。
- レドパス博士らの測定と、コーらのマンモグラフィデータの測定から、LNT仮説ではマンモグラフィのガンリスクが過剰評価となることが示唆された。
- 結論
- 低LET及び高LET放射線の低線量反応の確率の評価では、「高線量では直線仮説だが、普通は大半が人の経験による多くの低線量の場合は、直線を下回る反応もしくは防護的でさえある反応」を仮定することが賢明でありまた信頼に足る。
- 一般公衆に対しては「全ての放射線が有害とは限らない」という事実が当てはまると考えられる。
■M. Tubianaら「低線量リスク評価-議論は続く」
RADIATION RESEARCH 169, 246 -247(2008)
所属:アントワーヌ・ベクレルセンター(フランス)、フランス科学アカデミー
立場:LNT理論に反対
- B.E. Leonardのレターに対するコメント
- B.E. Leonardのレターで触れている低LET放射線に関する彼の結論は、Tubianaらが独自のレポートでディスカッションしたデータに一致する。
- しかし次の点を指摘しておく。つまり「α粒子を放出する核種は、ラジウム汚染の作業員もしくはトロトラスト患者の調査で、線量が数グレイ未満での骨肉瘤もしくは肝臓ガンの過剰は検出されず、バイスタンダ放射線によるガン誘発のリスクは、たとえあったとしても極めて小さいことがデータから示唆された」ということだ。
- Mossmanのレターに対するコメント
- Mossmanのコメントには大部分賛成。
- 低線量の発ガン効果の評価に関する基礎研究の寄与については、数十年にわたるこの分野の進歩は実に速いのでMossmanより楽観的である。
- 放射線に対する社会不安についての考察
- チェルノブイル事故後の決断が生み出した劇的な社会不安で人々は放射線を過剰に恐れるようになった。これが放射線以上に人々の心身を蝕んだ。科学的に適切とは言えない理由から避難し移住した人は20万人にのぼった。避難者の住んでいた地区のバックグラウンド線量率は、ヨーロッパ数地域の自然バックグラウンドより低く、インドもしくはブラジルの数地域より更に低かった。避難者の移住で、不安、栄養失調、伝染病などが発生した。
- チェルノブイル除染作業員については、白血病もしくは他ガンの有意な過剰は報告されなかったが、心身症、うつ病、自殺は有意に増加した。チェルノブイル近郊でさえ先天異常の過剰は観察されなかったが、中央及び北部ヨーロッパの数万人もの妊婦が出生異常を怖れ中絶し、これらの国々の1986年度の出生率が減少した。
- 別の乳ガンスクリーニングの分野では、多くの女性がマンモグラフィの発ガン効果を恐れた。女性の胸部は50年余りにわたり照射されてきたが、この恐れから、その照射数で発生したかもしれない死亡数を上回る数の女性が未検出の乳ガンで死亡した。
- 結論
- おそらく極小線量は無害もしくは恩恵さえ期待できると言えよう。
- 一般の健康問題では、通常の政策はそのコストとベネフィット(恩恵)の評価に関する決定がベースとなる。至急、極小線量(10mSv未満の電離放射線)のコスト・ベネフィットを再考しなくてはならない。
■L.E. Feinendegenら 「電離放射線の低線量被ばく後について2つの重要な配慮が必要である」
RADIATION RESEARCH 169, 247 -248(2008)
所属:ハインリッヒ・ハイネ大学(ドイツ)、RSH
立場:LNT理論に反対
- 低線量放射線リスクの研究方法についての意見
- 疫学では低線量放射線リスク問題が解決できないので、放射線生物学の実験や観察が非常に重要となる。
- Tubianaらはこの膨大なデータセットを使ったが、Brennerは、パリの意見では「少なくとも同様に『低線量リスクは疫学データの直線外挿から予測されるリスクを上回るであろう』ということを示唆する間接証拠がある」という事実が無視されていると述べ、この見解はバイアスがかかっていると示唆した。
- 見解は限定的な生物生理学的なもので、Tubianaらが、電離放射線が原因する基本的損傷についての複雑な生物学的反応パターンに注目することで、この見解に適切な補足を添えた。
- この反応パターンに含まれるのは、Brennerらも注目する、細胞のバイスタンダ効果、ゲノム不安定性、プログラム細胞死に留まらない。
- これまで、基本的なDNA損傷の直線もしくは超直線の「臨床」反応については、これを支持する証拠が発表されてきたが、Tubianaらが報告するように、それら発表された証拠を上回る数の、個別の細胞、組織、臓器、個体レベルなど様々な形態やレベルでの適応防護の証拠が実際に示されている。
- 放射線被ばく後の健康リスクの考え方
- 放射線被ばく後に人の集団に観察される健康リスクは、原則的に2つの関数から開発されると考えるべきである。
- 1つ目は主として、生物生理学的に決定された主要DNA損傷をベースに計算したもの
- 2つ目は、生体全体の結果を最終決定する多様な反応を行なうホメオスタシスの生物生理学をベースとした、DNA修復段階を超えて拡大するより複雑な決定である。
- この2つの関数は熟考を要する。どちらか一方を拒否するのは科学的に許容できない。
- 結論
- 両方の関数をよく理解できれば、明らかに、Tubianaらには賛成、低線量のLNT仮説には拒否という結果に至る。
- 実験でも疫学でも『臨床』の悪影響が観察されない放射線被ばくについて、生体レベルで現実的に観察されるしきい値を考えることには少なくとも賛成である。
- 低線量低線量率の被ばく後に生物が受ける恩恵面の可能性は決して否定されるべきではない。
- しきい値の肯定は放射線防護の適用規則やプログラムの発展につながり、低線量影響のリスクベネフィット面で最も理にかなっている。これはTubianaらも指摘しているところである。
- 更なる研究の必要性
- 低線量の放射線学には研究の余地がある。
・生理学的放射線損傷の誘因や増大
・これらプロセスの遺伝子制御等のメカニズム
- 大きな社会経済的結果に結びつく最適な放射線防護と低線量放射線の臨床応用の正当化を目指すこの科学研究には、基礎的生物学研究を支える資金援助の継続は必須である。