電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(205)
気候科学の新情報はどのように評価されて政策に波及するのか?

 CO2等の排出削減の科学的根拠を与える新しい報告書のとりまとめが進んでいる。地球温暖化の科学的・技術的評価を行うIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書である。
 15年に採択されたパリ協定には、工業化前比で2度より十分低く1.5度未満を目指す世界平均気温の目標と、その達成に向けた世界の排出削減の道筋が記載された。目標と排出削減の関係は13〜14年に発表された第5次評価報告書がベースとなっている。これはCOP(気候変動枠組条約の締約国会議)の要請でIPCCが18年にとりまとめた1.5度の地球温暖化に関する特別報告書でも踏襲されている。
 第6次報告にはここ数年の新しい知見が反映され、目標に対応する排出削減についても何らかの更新があると見込まれる。

透明性の高い入念な作成過程

 IPCCの評価報告書は3つの作業部会で作成され、それぞれ世界中から選ばれた200名を超える著者が、期限までに投稿・受理された査読付き論文を基に執筆する。著者の選定では国・地域間のバランスや男女比率が考慮される。原稿の執筆と査読は3回繰り返され、一次・二次原稿を専門家が査読し、二次・最終原稿を各国政府が査読する。専門家の査読には基本的に誰でも参加して意見を出せる。この過程で膨大な査読意見が出されるが、最終的に著者の対応と合わせて記名入りで全て公開される。
 評価報告書は1000ページを超える本体に30ページほどの政策決定者向け要約がつく。要約は特に入念に審議され、各国政府代表が一同に会するIPCC総会で一文ずつ全会一致の承認にかけられる。
 このようにIPCCの報告書は多くの専門家が関与し、透明性の高い手続きを経て完成する。ごく一部の個人が発する懐疑的な主張とは重みが違う。最後の承認過程で要約の表現を巡って各国政府の意向が反映されることもあるが、基本的にその影響が本体部分におよぶことはない。

排出削減を左右する新情報

 第6次報告の注目点の一つは強制力と気候感度の評価であろう。強制力はCO2などの温室効果ガスや硫酸エアロゾルなどの微小粒子による加熱・冷却の強さ(放射強制力)を表す。気候感度は強制力に対する応答の度合いで、CO2濃度が2倍になった時の気温上昇を指標とする。
 将来の気温上昇は基本的に強制力と気候感度の掛け算となる。実際には複雑な計算で予測するが、気候感度が気温上昇を左右することに変わりはない。このため気候感度が分かれば、温暖化を目標水準に抑えるためにどの程度の排出削減が必要か見当がつく。
 ところが気候感度の推定は難しく、過去30年にわたり推定値の幅が狭まっていないのが実情である。気候感度の幅が大きいとそれだけ気温予測にも大きな幅が生じる。2度などの目標に対する排出削減は、気温の予測幅の上限が目標水準以下となるよう決める必要がある。このため予測幅が大きいとそれだけ厳しい排出削減が必要になる。
 とはいえ、長年にわたる研究によって、気候感度に関する理解は格段に向上し、その推定方法も工夫が凝らされている。気候感度の推定が難しい理由の一つに、CO2以外の強制力の不確実幅が大きいという問題があるが、この点についても研究が進んでいる。これらの新しい研究成果が第6次報告でどう評価されるか注目される。

今後の展開

 第6次報告は作業部会別の評価報告書と全体を集約した統合報告書からなる。これらは21年4月から順次発表され、22年5月に予定される統合報告書の発表で完結する。今から1年以上先であるが、科学基盤を扱う第1作業部会で引用される論文は19年末までに投稿されたものに限られる。つまり、気候科学の新情報はエントリー済みである。
 パリ協定の下では5年毎のNDC(自国決定貢献)見直しに先立って世界全体の取り組みを棚卸しするグローバル・ストックテイクが実施される。この最初の機会が23年に予定されており、第6次報告はそれへのインプットになる。科学情報が政策に波及する一連の流れを注視しておきたい。

著者

電力中央研究所 環境科学研究所 大気・海洋環境領域 副研究参事
筒井 純一/つつい じゅんいち
1991年度入所。専門は気候科学。博士(環境学)

電気新聞 2020年4月1日掲載

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