電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(220)
2050年ネットゼロ目標の科学基盤は万全か?

現状の理解

各国の温暖化対策で、CO2等のネット(正味)排出量をゼロにする目標が掲げられる中、わが国でもネットゼロ達成時期を2050年とする方針が宣言された。ネットゼロに至るまでの世界全体の累積排出量は、この先の世界平均気温の上昇量を規定する。現在の科学的知見では、図のように、CO2排出量の経年変化(排出パス)が温度目標と対応づけられている。2050年ネットゼロは、産業革命前からの気温上昇を1.5度程度に抑える目標に対応する。

図

図「2018年のIPCC特別報告書で評価された2度/1.5度目標に適合する排出経路
(シナリオ群全体の25-75%範囲)」

排出パスには少なからず幅がある。つまり、2050年ネットゼロの結果は、想定する温度より高い方にも低い方にも振れる可能性がある。これは、@CO2削減技術、ACO2以外の要因の対策、B気候の変化、の長期的な見通しが不確かであることによる。図に示した幅は、世界の研究機関で作成された排出パスを温度水準で分類し、それぞれに含まれる排出パスの各時点の値を並べて、中ほどの半分(25〜75%幅)をとったものである。ここでは見やすくするために半分で切ったが、全体の幅は1.5度と2度の目標で重なりが出るほど広い。

今後の理解向上

ネットゼロの実現には、社会全体であらゆる施策を総動員する必要があり、その裏づけを提供する科学の役割もさらに重要になる。

上記@とAは、CO2等の排出を伴う様々な経済活動を数理的なモデルで表現し、経済成長、排出削減技術、温暖化対策などの前提の下で費用最小の排出パスを求める、という方法で研究される。またBは、地球上の気候を形成する様々な物理プロセスをモデル化して、所与の排出パスに対する気候の推移を計算する、という方法で研究される。

どちらの研究分野にも世界の複数の研究機関が開発した多数のモデルがある。各モデルは定式化の違いがあり、同じ条件で計算しても結果が異なるのが常である。また、部分的に特徴や優劣があり、他と比べて決定的に優れたモデルを決めることは難しい。このため、この種のモデル研究は世界の研究機関が参加して、条件を揃えた計算結果を比較・分析する形で進められる。

モデルが多いと結果もばらつくが、その原因を探ることで理解が深まり、不確実幅の低減と信頼性の向上につながる。最近では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書に合わせて、一連のモデル比較研究が実施されるようになった。現在、第六次報告書の執筆が進んでおり、それが完了する2022年には改訂された排出パスが示される。

排出パスの肝

この改訂では、図の説明で触れた、排出パスの分類が肝となる。具体的には、Bの知見を基に気温上昇を確率論的に評価する方法を作り、@とAの知見を考慮した多数の排出パスに適用する手順となる。

ここは@〜Bの研究を集約するところであり、大袈裟に言えば、この結果が世界のネットゼロの方針を左右する。従来これには特定の方法が使われてきたが、第六次報告書に向けて複数の方法を相互に比較する研究が立ち上がり、電力中央研究所も参加している。

最後に表題の問いに答える。ある程度の不確かさは避けられないが、その軽減と理解向上は万全の体制で進んでいる、と言えよう。

著者

筒井 純一/つつい じゅんいち
略歴 電力中央研究所 環境科学研究所 大気・海洋環境領域 研究参事
1991年度入所。専門は気候科学。博士(環境学)

電気新聞 2020年11月11日掲載

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