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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(276)
最新の気候データを気候リスク対応にどう使うか?

昨年末に文部科学省と気象庁から「気候予測データセット2022」(以下DS2022)が公開された。地球温暖化が顕在化し、温暖化の緩和とともに適応が急がれる中、このデータが自治体や企業等の取り組みの基盤となるよう期待されている。ただし、これを使いこなすのは容易ではない。データは基本的に専門家が扱う気候モデル計算の結果で、温暖化水準や空間解像度などの異なる15のデータセットがある。これには解説書が付属するものの、一般向けのユーザインターフェイスは今のところ存在せず、利用者は配布サイトから大量のデータをダウンロードして使うことになる。本稿ではこうした状況を踏まえ、DS2022を有効に活用するために、専門家と利用者の両方の立場から見解を述べる。

多様なニーズ

利用者の気候データへのニーズは実に様々である。例えばエネルギー供給を担う企業では、保有する設備に応じた設計や運転・保守のために、きめ細かな情報を必要とする。保有設備が多岐にわたれば、想定する期間や考慮すべき気象外力が異なり、その分必要な情報も増す。 同じ企業でも環境やIR(投資家向け広報関連)の部門では異なるニーズがある。近年増加傾向にある環境等に配慮した投資を呼び込むために、気候リスク情報の開示が求められるようになった。これに対応するために、自社の特性に応じた前提条件としての気候データを必要とする。これは設備毎の個別ニーズと共通する面もあるが、低炭素経済への移行といった社会経済的な要素も合わせた、包括的な視点からのニーズとなるだろう。

DS2022に限らず、一般に利用可能な気候データは多様なニーズに直接応えられるものではない。情報とニーズの間には多かれ少なかれ常にギャップがある。ここで求められるのは、双方の事情を踏まえてデータを適切に選択し、ニーズに沿った形に加工するプロセスである。企業内で異なるニーズがある場合は、選択・加工の一貫性にも配慮が必要となる。

このような情報を仲介する役割は、筆者が所属するような研究機関や気象関連のコンサルタント会社が担う。さらに情報ギャップを埋めるために、データの作成者と利用者が、ステークホルダーも関与する形で直接協力する体制を作ることも有効であろう。DS2022は文部科学省の研究プログラムの成果を集約したもので、筆者もこのプログラムの一部に携っている。現行の研究では、データ更新に加え、利用者との双方向コミュニケーションに資する試みもある。今後の取り組みが情報ギャップの低減につながることを期待する。

品質情報の透明性

DS2022の利点として、データの品質が、特に日本域の気候の様々な側面についてきちんと評価された、信頼度の高いプロダクトであることが挙げられる。品質は気候モデル計算が現実の気候をどの程度再現できているかという観点で評価される。モデル計算の再現性には限界があるため、その許容度を利用者が目的に応じて判断できるようなデータの透明性が確保されることが重要である。

DS2022の解説書にはこの種の品質に関する注意事項が詳しく書かれている。注意事項の解釈には専門家の助言が必要になると思われるが、品質関連の透明性は十分配慮されていると言える。

不確実性の扱い

データの品質は不確実性に関係する要素であるが、気候データにはさらに大きく二つの要素がある。一つは気候モデル計算の前提となる社会経済の発展の仕方であり、もう一つは所与の発展の下での温暖化の進み方である。DS2022はこれらの不確実要素はある程度決め打ちされた形になっており、この点には注意を要する。

決め打ちというのは、社会経済の発展を代表的なものに絞り、気候モデル計算は基本的に単一のモデルを適用するという意味である。後者については、気候の感度に左右される温暖化の見通しの幅がIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の情報と比べて狭いといった形で表れる。今後開発すべきDS2022のユーザインターフェイスでは、このような不確実性も加味できるような仕組みが望まれる。

著者

筒井 純一/つつい じゅんいち
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 研究参事
1991年度入所、専門は気候科学、博士(環境学)。

電気新聞 2023年2月1日掲載

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