電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(281)
沖合で稼働する浮体式原子力発電所という新たなプラットフォームに可能性はあるか?

政府は2050年の温暖化ガス排出量実質ゼロを目指して、グリーントランスフォーメーション(GX)実現に向けた基本方針を閣議決定した。その中で新たな安全メカニズムを組み込んだ新型革新炉の開発や建替えに向けた検討が進められている。2050年に想定される電源構成に必要な原子力発電容量を維持するには、既設原子炉の長期運転や新型革新炉の早期導入が必要であるが、許認可や運転開始までの投資上のリスクなど様々な困難が予想される。特に、建替え可能な立地点が限られていることは重要な課題である。

立地制約の解消

米国マサチューセッツ工科大学(MIT)では、石油採掘の浮体式リグに実証済みの商業軽水炉を搭載する構成で、沖合で稼働する原子力発電所を提唱し、研究が進められてきた。国内でも産業競争力懇談会(COCN)の研究プロジェクトや資源エネルギー庁の「社会的要請に応える革新的原子力技術開発支援事業」において、日本の沖合30kmかつ領海内で稼働する浮体式原子力発電所の研究開発が進められている。沖合で発電する場合は、地震や津波などの外的ハザードの影響が陸上に比べ緩和され、火山や有事の際には浮体の移動によりその影響からの回避が期待される。さらに、緊急時防護措置を準備する地域(UPZ)が沖合となるため、住民の避難の負担を大幅に軽減できる。加えて、周辺の豊富な海水を利用し電源喪失時でも自然循環で炉心を長期間冷却することで、溶融事故を実質的に排除する設計を目指すことができるようになる。

浮体式原子力発電所のリスクとその評価

浮体式原子力発電所の安全やリスクを考えるには、沖合でのハザードの種類や規模、浮体構造物、発電所システム及び機器への影響、事故を誘発する現象や事象の特定、その後の事故の進展や対策の有効性を、確率論的リスク評価等による詳細な事故のシナリオ分析と共に、実験やシミュレーションにより確認していくことになる。

MITの評価によると、北米の海域における1万年に一度の嵐では、17mの高波が発生し、浮体の揺動は周期20秒ほどで約8度傾くと試算されている。そのような状況においても、事故時の影響が小さいことをシミュレーションにより確認している。上述のエネ庁事業においても同様に、沖合の揺動が原子炉運転に与える影響を確認するための実験や事故時の解析が進んでいる。これまでのところその影響は小さく、実現や克服が困難となるような技術的課題は見当たらず、工学的に成立する可能性が高まっている。さらに技術的な観点の他にも、テロやセキュリティ対策、社会的受容性、法令や規則、IAEA等の国際標準への適合性の確認にも取り組んでいる。IAEAは、洋上での原子力発電所の建設や利用を従来から想定し、海洋での利用を基本とする原子炉のガイドラインや技術文書を発行している。また国内では、原子力規制委員会にて原子力船特殊規則が制定されており、仮に転覆や沈没時においても制御棒が抜けない構造や、水圧で圧壊しない格納容器などを要求しており、規則や技術の基盤は国内にも存在する。ちなみにこの規則に基づき建設し、運転した原子力船「むつ」は、1992年に4回の試験航海を行い、30度傾く冬の荒海域でも原子炉出力100%で地球2周分の航行を無事完了している。

浮体式原子力発電所の技術開発に向けて

福島第一原子力発電所事故では、津波による全交流電源喪失のため、原子炉停止後の崩壊熱を除去しきれずに炉心溶融に至った。浮体式原子力発電所は、この事故に正面から向き合い、地震や津波影響の緩和や電源喪失時の長期炉心冷却の達成を目指す一つのソリューションである。ロシアでは浮体式原子力発電所や原子力砕氷船が既に運転を開始しており、さらに4基を建設中である。中国、韓国、オランダなどでも同様に浮体式原子力発電所の研究開発が進められている。

我が国の将来の電力の安定供給やエネルギーセキュリティの確保のため、浮体式原子力発電所という新たなプラットフォームが国内でも選択肢として受け容れられ、技術開発が推進し、脱炭素電源の一つとして成立することが期待される。

著者

宇井 淳/うい あつし
電力中央研究所 エネルギートランスフォーメーション研究本部 副研究参事
2014年度入所、専門は原子炉熱流動・安全、確率論的リスク評価、博士(工学)。

電気新聞 2023年4月12日掲載

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