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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(283)
将来の電気事業を見据えて、新たな技術にどう向き合うか?

カーボンニュートラルの実現に向けて、既存の脱炭素技術の活用はもちろんのこと、新たな技術の開発や社会実装も不可欠である。また、人口減少や高齢化が進む中、デジタル技術の活用による生産性の向上も課題である。こうした技術の進展が産業構造の変容をもたらす可能性もある。

社会や電気事業への影響が大きい技術を見誤ると、電力供給の不安定化や脱炭素化の停滞、電力供給費用の増加などを招くおそれがある。将来の精緻な予測は難しいとしても、技術の影響を探ることは重要である。

本稿では技術経営学の知見を参照しながら、将来の電気事業に向けて、新たな技術にどう向き合えばよいか、そのポイントを探ってみたい。

多様な産業やアクターの動向

まず、課題となるのは、他産業や海外も含めた技術動向の把握である。例えば、蓄電池や水素は幅広い産業に影響を及ぼしうる技術であり、他産業での技術の進展が電気事業に派生的に影響する可能性がある。また、スマートシティや政府が進めるデジタル防災なども、インフラ横断的なシステムとして、電気事業にとっても無視できないテーマだろう。

グローバルな視点では、国際エネルギー機関によれば、エネルギー技術に関連する官民の研究開発投資において、欧米だけでなく中国の存在感も高まっている。2010年代後半にはクリーンテック分野のスタートアップへの投資が増加するなど、スタートアップの動向も見過ごせない。

過渡期における技術課題

技術の進展がどの段階にあるかにより、向き合う課題は変わりうる。新たな技術や製品が登場したばかりの時期は、どのような機能が重要か、どのような用途があるのかなど、そのコンセプトが定まっていない。利用者にとってもどのように評価すればよいか、その基準が曖昧である。その中で、多くの試行錯誤を経て、多くの技術は淘汰され、徐々に支配的な技術や製品が定まっていく。現在は、新たなエネルギーシステムの確立に向けて、試行錯誤が行われている過渡期といえる。

試行錯誤の段階では、多様な技術が生まれる一方、技術開発の方向性が定まらないという課題に直面する。産業や技術の違いに留意する必要はあるが、産業全体で技術開発の方向性を共有した事例として、半導体産業の取り組みが参考になる。半導体産業では、研究開発投資の負担増大などを背景に、米国半導体工業会が技術ロードマップを策定し、将来必要な技術スペックや時期などを示した。その後、日欧等の関係者も策定に関与する国際的な取り組みに発展した。大学など業界以外のアクターも含めて技術開発の方向性が共有され、役割分担や重複投資の回避などに寄与したといわれている。

標準化への対応

新たな技術が確立していく過程では、標準化も進んでいく可能性がある。例えば、V2Gやスマートシティ、デジタル防災など、他の産業やインフラとの連携が必要な技術では、異なる産業・インフラ間のインターフェースなどの標準化が論点となる。

標準化により、一般には費用の低減やイノベーションの促進、技術の普及などの効果が期待されるが、その対応を見誤ると、そうした効果を享受できない。標準化は業界全体に関わることから、関係企業が協調することが重要である。各企業にとっても自社の戦略的な領域に注力できる。

多様性とコミュニケーション

最後に指摘したいのは多様性とコミュニケーションの重要性である。特に過渡期では、多様な分野の関係者が協働して技術の重要な機能や用途などを探ることが有効であろう。例えばJR東日本では、鉄道以外も含めて多様な産業と協働し、技術の検討や実証に取り組んでいる。将来の社会や技術を探索する手法であるシナリオプランニングやロードマップの専門家の間でも、検討結果よりも、関係者がコミュニケーションを図り、協働するプロセスこそ重要だとする指摘は少なくない。

電気事業がカーボンニュートラルと安定供給の両立などに対応するには、多様な産業や分野の協働が欠かせない。関係者が議論することで、技術の方向性について認識をすり合わせていくことが重要といえよう。

著者

後藤 久典/ごとう ひさのり
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員
2005年度入所、専門は経営学(イノベーション、マーケティング)。

電気新聞 2023年5月17日掲載

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