電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(298)
消費者の電気ヒートポンプ式給湯機の選択を促す心理的要因とは?

脱炭素社会実現に向けた省エネ化が求められている。家庭部門も例外ではなく、特に二酸化炭素の排出割合が大きい給湯器の省エネ化は、喫緊の課題といえる。これまでも補助金制度により省エネ給湯器の導入は進んできたが、更なる普及に向けては、消費者の金銭的動機だけでなく、心理的要因に働きかける取組も重要となる。

そこで筆者は、既設住宅の給湯器の交換において、省エネ給湯器の選択を促す心理的要因に着目し、その中でも「ピア効果」、「文脈効果」、「認識効果」について消費者アンケートに基づいて分析した。なお本稿では、省エネ給湯器の中でも電気ヒートポンプ(HP)式給湯機の結果に焦点を当て紹介する。

ピア効果:周囲の普及状況の影響

人々の行動は、親族や友人などの周囲の人々の行動に影響されることがある。読者の皆様も、友人がある製品やサービスを利用しているのを見て、自分も購入したという経験はないだろうか。このような現象は「ピア効果」と呼ばれ、エネルギー経済学の分野でも注目されている。特に、太陽光発電(PV)の購入意思決定に与える影響についての分析が多く、周囲の人々のPV購入率が高い消費者ほど、PVを購入する傾向にあることが明らかとなっている。

筆者はこのようなピア効果が、PVと同じエネルギー耐久消費財である給湯器の購入意思決定にも働くのではないかと考え、統計的に検証した。その結果、給湯器の交換検討開始時点で周囲に電気HP式給湯機を利用している人がいた消費者は、そうでない消費者と比べて、電気HP式給湯機を選択する傾向にあることがわかった。

文脈効果:住宅リフォームの影響

同じ商品を購入する場合でも、購入状況(文脈)の違いにより、その商品の購入意向が変化することがある。

この現象を直感的に理解するための例として、1万円の自動車の追加オプションの購入意思決定について考えてほしい。自動車価格を300万円とした時、この自動車の購入と同時に追加オプションを購入する場合の支出総額は、301万円になる。この時の1万円は、納車後に追加オプションだけを購入する場合に支払う1万円と比べて安く感じることはないだろうか。実際、ある先行研究で行われた有名な実験でも、消費者が直面している価格水準が高い状況と低い状況とでは、前者の方が消費者の価格感応度が低いという結果が得られている。

筆者は、このような購入状況の違いによって価格への感応度が変化する現象を「文脈効果」と呼び、給湯器の選択においてこの効果が働いているか検証した。その結果、給湯器のみ交換を行った消費者と比較して、より費用水準の高い住宅設備のリフォームの際に給湯器を交換した消費者の方が、電気HP式給湯機を選択する傾向にあることが分かった。

認識効果:電気に対するイメージの影響

消費者が電気に対して持つイメージも、給湯器の選択に影響を与えると考えられる。

本研究では、「電気で湯を沸かすにはガスより時間がかかる」、「オール電化住宅は災害に弱い」といった電気に対して負のイメージを持つ消費者は、そうでない消費者と比べて電気HP式給湯機を選択しない傾向にあることがわかった。さらに、そのような消費者は、電気HP式給湯機について、そもそも情報収集すらしない傾向にあることも明らかとなった。

消費者心理を踏まえた普及戦略が重要

本稿で示した心理的要因を踏まえると、電気HP式給湯機の普及に有益な取組として、次の示唆が得られる。

第1に、ピア効果を活用し、電気HP式給湯機を保有している消費者に対して、知人への同給湯機の紹介を促す仕組が有益となりうる。例えば、SNSを活用した口コミ等の情報発信を促す取組を、事業者や国が進めていくことが考えられる。

第2に、費用水準の高いリフォームのハードルを下げ、リフォームを促す施策も、文脈効果の観点から有益であろう。例えば、こどもエコ住まい支援事業の周知と充実化が有益となりうる。

最後に、消費者の電気に対する負のイメージを払拭し、電気HP式給湯機を検討の俎上に載せるためには、広告宣伝活動や体験活動などの販売戦略の強化も必要である。

このように、電気HP式給湯機の普及に向けては、従来の補助金政策だけでなく、消費者心理も踏まえた施策や販売戦略を検討することも求められよう。

著者

田中 拓朗/たなか たくろう
電力中央研究所 社会経済研究所、主任研究員
2016年度入所、専門は産業組織論、博士(経済学)。

電気新聞 2023年12月13日掲載

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