電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(300)
現在の放射線防護体系における課題とは?-循環器への影響-

各国の放射線規制基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告する放射線防護体系の枠組みに基づき制定されている。ICRPは、放射線による健康影響のうち、しきい線量型の線量応答を示す非がん影響を「組織反応」(確定的影響)に分類し、その発症を防止するためのしきい線量と線量限度を勧告する一方、最新知見や社会情勢に鑑みて勧告を随時見直している。本稿では、重要な非がん影響である循環器疾患に関するICRPの勧告と動向、未解決の課題について述べる。

ICRPの勧告と動向

循環器疾患は40〜60Gyの分割被ばく後に認められることから、ICRPは2000年代まで、循環器の放射線感受性は高くないと判断してきた。しかし、0.5Gy以上を急性被ばくした原爆被ばく者における循環器疾患リスクの増加を示した2010年の疫学論文が主な契機となり、ICRPは2011年に初めて循環器疾患を「組織反応」に分類した。その際、科学的知見の不足により線量限度は示さなかったが、医療従事者への警鐘として、暫定的にしきい線量を線量率によらず0.5Gyと勧告した。0.5Gyの妥当性は、英国の2010年の報告書に示された4編の疫学論文のメタ解析(複数の研究の結果を統合して、より信頼性が高い結果を得るための解析)のリスク係数(吸収線量あたりの相対リスク)に基づいて判断された。

2011年の勧告時点では、発症機構、線量分割・線量率依存性、線量応答関係の形状やしきい線量の有無の議論、さらには0.5Gy未満のリスクに関連する議論が成熟していなかった。これらの点を、2011年以降の科学的知見も踏まえて検討するために、ICRPは2021年に循環器への影響と防護体系への示唆を検討するタスクグループ(TG)119を、2022年に放射線影響の分類を検討するTG123を、それぞれ設置した。ICRPは、これらのTGを2030年代に刊行を予定している次期主勧告の中核的な構成要素と位置づけており、日本から電力中央研究所の職員も委員として議論に参加している。

最近の科学的知見と未解決の課題

2022年までに刊行された93編の疫学論文のメタ解析の結果が2023年に報告された。4編のメタ解析のリスク係数と同程度であったことから、最新の知見を考慮しても2011年勧告での判断は妥当であることを確認できた。また、リスク係数は、急性被ばくより、分割被ばくでは小さく、低線量率被ばくでは大きいことがわかったが、その後、線量率が低いほどリスク係数が低いことを示す疫学論文も報告されている。一方、当所の生物研究から、マウスの大動脈に生じる損傷の程度は、同じ総線量でも、急性被ばくより、25回分割被ばくの方が大きいが、100回分割被ばくでは小さく、慢性被ばくでは更に小さいことがわかった。このように線量分割や線量率と影響の大きさの関係は複雑であることがわかる。また、原爆被ばく者の解析と93編のメタ解析から、リスク係数は高線量より低線量の方が大きいことが示されている。ICRPでは、このような線量率や線量による効果の違いなどを、TG119が中心となって検討する予定である。

組織反応の要件のひとつであるしきい線量型の線量応答を示す疫学論文の報告は、2011年以降1編のみである。また、組織反応は生物学的機構としては多数の細胞への障害により発生するが、放射線による循環器疾患の誘発機構は不明である。そのため、循環器疾患を組織反応に分類することが妥当か、検討が必要である。現在、確率的影響であるがんのリスクは各臓器の疾患による過剰死亡数に基づいているが、1Gyを被ばく後の循環器疾患による過剰死亡数は、がんの0.5から1倍程度である。ICRPでは、循環器疾患リスクを線量限度で管理する場合、発症防止のための特定組織に対する線量限度を設置するのか、線形の線量応答関係を仮定して確率的影響のリスクを軽減するための既存の線量限度に組み込むのか、あるいは、別の新規アプローチを確立するのかなど、TG123が中心となって検討する予定である。

ICRP次期主勧告の作成に向けて、防護体系における循環器疾患リスクの取り扱いに関する議論は、益々活発化していくため、最新情報の収集と科学的根拠に基づく意見発信が更に重要となる。

著者

浜田 信行/はまだ のぶゆき
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2010年度入所、専門は放射線影響、博士(薬学)。

電気新聞 2024年1月17日掲載

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