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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(301)
現在の放射線防護体系における課題とは?-放射線誘発影響の分類-

放射線被ばくにともなって誘発される人体への影響は、身体的影響と遺伝性影響に大別される。身体的影響には、数時間から数週間以内に発症する急性障害と、数ヶ月以降に現れる晩発障害があり、晩発障害には白内障やがんが含まれる。また、急性障害や白内障は、いわゆる「しきい値」がある確定的影響(組織反応)に分類され、がん及び遺伝性影響は「しきい値」がない確率的影響に分類される。この分類は長年にわたって放射線影響の基本であったが、最近の科学的知見を踏まえて再検討する動きがある。

本稿では、国際放射線防護委員会(ICRP)が設置した放射線誘発影響の分類を扱うタスクグループ(TG)123の活動と、2023年11月に東京で開催されたICRPシンポジウムでの議論を中心に、今後の課題について紹介する。また、同シンポジウムと併催された日本保健物理学会第56回研究発表会についても報告する。

TG123の活動

前回のゼミナール欄で紹介されたように、循環器疾患を組織反応に分類することが妥当か、また、循環器疾患を放射線防護体系にどのように組み込んでいくかの議論が注目されている。さらに、部位別でみるとしきい値型の線量応答を示すがん(骨がん等)もある。そのため、TG123では、循環器疾患に限らず、がん・遺伝性影響等を含めて幅広く放射線の人体への影響をレビューし、放射線防護の目的のための影響の分類における課題を、分類を再検討すること自体の是非を含めて整理する計画である。なお、TG123は、循環器疾患を扱うTG119、継世代影響を扱うTG121等、ICRP次期主勧告作成に向けて活動している他の多くのTGと連携して検討を進めていくことになる。

ICRPシンポジウムでの議論

11月8日に開催されたTG123のセッションでは、TGの活動紹介と2件の口頭発表がなされた。

放射線影響研究所の中村典氏は、原爆被爆者の疫学研究の知見、及び放射線を照射したマウス死亡率の結果を分析し、一部のがんは該当しないものの、組織反応的な作用に基づき、放射線によって発がんが増加することを生物学的なメカニズムを踏まえて主張した。また、原子力規制庁の荻野晴之氏と伴信彦氏は、循環器疾患が細胞の突然変異に基づかない一方で、ベースラインが一定程度存在し、そのベースラインにばらつきがあることを踏まえると、集団として影響を観察した場合にはしきい線量がないような応答を示すことを説明した。また、放射線は、被ばく線量に比例して加齢関連疾患の発症を促進すると推察されると述べた。会場からは、発症時期の加速と捉える両発表の類似性の指摘、線量率や線質に関する質問、緊急時の放射線リスクの説明や防護活動の考え方に関するコメントがなされ、活発な議論が交わされた。今後の検討では、放射線影響の分類に関する幅広い示唆に加え、実運用への影響も十分に考慮する必要があろう。

日本保健物理学会第56回研究発表会

標記会合はICRPシンポジウムと同会場で11月9~10日に開催された。特別セッションでは、電子科学研究所の小田啓二氏より、放射線関連量の疑問点に関する講演があった。小田氏は、自身が35年間担当した大学での講義・ゼミ及び各種講習会での講演を通じて得た質問・疑問を踏まえ、問題点や間違えやすい点を指摘した。また、湘南鎌倉総合病院の佐々木康人氏より、2007年のICRP勧告策定時の経験に関する講演があった。佐々木氏は、1990年勧告の刊行から2007年勧告策定までの経緯と経験を述べ、現在、次期主勧告の策定をICRPが進めている状況において、福島第一原子力発電所事故を経験した日本に大きな期待が寄せられていることを強調した。

今後の課題

放射線影響の分類検討では、科学的知見のみならず、福島での経験、放射線防護の主な対象が低線量・低線量率であること、医療、発電所等の放射線管理実務への影響を念頭に置くことが肝要である。また、次期主勧告がより良いものとなるよう、放射線関連量に関する疑問点等の課題にも対処しつつ、一貫性とわかりやすさを同居させるため、ステークホルダーが知恵を出し合って解決策を議論していく必要がある。

著者

佐々木 道也/ささき みちや
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
2002年度入所、専門は放射線計測、放射線防護、博士(工学)。

電気新聞 2024年1月31日掲載

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