電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(320)
なぜ金融機関が脱炭素を迫るのか?

金融の脱炭素

金融による脱炭素の動きが、国内外で拡大しており、多くの金融機関が2050年ネットゼロに向けた取り組みを進めている。

金融機関のCO2排出の大半は、投資や融資などを通じた間接的な排出である。すなわち、金融機関の脱炭素は、投融資先の企業の脱炭素と同義である。

金融の関心が脱炭素に向かった契機は、パリ協定が採択された2015年に遡る。同年9月、英国中央銀行総裁であったマーク・カーニー氏は、気候変動が金融危機を引き起こしうると警告した。温暖化の進行による大規模災害や脱炭素社会への急速な移行により、投融資先や保険引受先の資産価値が同時多発的に毀損する影響は、伝統的な金融リスク管理の枠組で対処できないことが理由である。

金融の脱炭素連合

金融の脱炭素において大きな影響力を持つのが、ネットゼログラスゴー金融同盟(GFANZ)である。GFANZは、英中銀総裁を退任したカーニー氏によって、2021年に設立された。金融機関は、銀行や機関投資家といった金融の各部門単位の連合体へ加盟することにより、GFANZに参加する。

GFANZや傘下の連合体では、金融の脱炭素の基本的な考え方や目標設定の方法論など、金融機関の脱炭素における共通課題が検討されている。

参加機関は、2050年までに投融資排出量のネットゼロを宣言する。その上で、各部門単位で設定される目標設定の方法論を参照して、一定期間内に中間目標や業種別の目標を設定し、進捗状況を毎年公表する。

金融機関の動機

金融機関が脱炭素に向かう動機は何か。特に、GFANZへの参加は、容易ではない。

動機の一つは、気候変動に起因する金融安定化リスクへの対処である。実は、金融安定化に対する気候変動の影響は、十分に解明されていない。それでも潜在的に金融危機を引き起こす可能性があれば、金融機関は何らかの対応を求められる。

金融機関自身にも、将来的な政策強化へ対処する動機が働く。2050年ネットゼロを宣言した国などでは今後、カーボンプライシングの上昇や費用の高い削減対策の導入が見込まれる。これらは特に、高排出企業の負担増となり、例えば銀行であれば信用リスクの増加につながる。

これらの課題に独自に対処するよりも、共通の方法論に準拠する方が、金融機関にとって効率的である。

そして、社会的規範の影響も考えられる。金融機関は、投融資先に脱炭素を迫るだけでなく、自らも脱炭素を迫られる。例えば、邦銀の株主総会では、脱炭素に関する株主提案が環境団体等から提出され、一定の賛成を集めている。GFANZへの参加は、自社の取り組みの正当性を外部に示す有効な手段になる。加えて、同業他社より劣後していると見られたくないという意識も、一定程度働いていると思われる。

このように、金融機関がGFANZへ参加する動機は、単純ではない。多くの金融機関では、潜在的なリスクへの対処と社会的規範の複合的な動機が働いていると思われる。

GFANZの影響力と法的リスク

GFANZが大きな影響力を持つ理由は、その規模にある。GFANZには現在、世界の主要金融機関の大半が加盟している。我が国では、2023年5月に日本支部が設立され、大手銀行や保険会社が名を連ねている。これらの機関が共通の方法論を参照し、目標を設定することで、個社が独立に脱炭素に取り組むよりも大きな影響力を発揮している。

影響力の大きさは一方で、いわゆる独占禁止法が禁止する、共同行為に抵触する懸念をはらむ。これが実際のものとなったのが、保険業界である。2023年5月、傘下の保険業界の連合体から脱退表明が相次ぎ、活動停止に至った。発端は、米国の共和党系23州の司法長官の連名による、反トラスト法違反の警告である。これらの州では、脱炭素への反感が強い。同様の攻撃は、GFANZの他の連合体に対しても行われているが、活動停止に至ったのは保険業界のみである。その一方で、法的リスクへの懸念などを理由に、離脱を表明する金融機関もある。

主要な金融機関の離脱が相次げば、GFANZへ参加し続ける動機や影響力が失われ、金融や社会全体の脱炭素の機運にも影響しかねない。取り組みの実効性を維持しつつ、法的リスクを低減する手段が望まれる。

著者

富田 基史/とみた もとし
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 主任研究員
2011年度入所、専門は環境政策、環境影響評価、博士(農学)。

電気新聞 2024年11月13日掲載

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