電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(323)
JEC5101において着雪マップはどのように作製されたか?

JEC127の改正

電気学会・電気規格調査会の「送電用支持物設計標準」(JEC127―1979)が2022年3月に「送電用鉄塔設計標準」(JEC5101)として改正された。40年以上の年月を経た大きな改正である。

鉄塔の耐雪設計では、電線に付着した雪の厚みを設定する必要がある。着雪厚の地域マップ(着雪マップ)はこの学会規格にのみ提示されており、本改正では再現期間50年(長い目でみれば、50年に1度起こる事象を指す)相当の全国約5㎞メッシュの着雪マップが作製された。

着雪しやすい気象条件の解明

全国規模で着雪観測を展開することは非現実的である。そのため、着雪マップの更新には、気象データを基に気象条件に応じた着雪しやすさ(着雪率)を客観的に評価できる方法が必要であった。しかし、電線着雪の発生頻度の低さと屋外観測による実態把握の難しさが、基礎データ取得の大きな壁であった。

状況を打開したのは、2007年度から電力中央研究所を中心に進められた「送電設備の雪害に関する研究」(以下、雪害研究)である。この中で、降水粒子(雨滴・雪.・氷晶等)の形状や落下速度の自動計測機器を導入し、相対湿度が低下するほど湿った雪が降りやすい気温帯が狭くなることがわかった。

これを転機として、気温と相対湿度の情報を基に雨や雪質(湿雪・乾雪)の違いを判別できるようになり、雪の湿り度合や風の強さに応じて着雪率が変わることが明らかとなった。例えば、乾型着雪では乾雪が静穏下で電線の上部に冠雪するが、風速が秒速3m程度を超えると着雪し難い。つまり、氷点下での暴風雪では雪害はほぼ発生しない。2022年12月に北海道紋別市で発生した雪害では、鉄塔の片側では強風・湿型の着雪タイプにより湿雪が多量に着雪したが、反対側では乾いた雪がほぼ着雪しない、いわゆる着雪不平均状態が標高差に応じた微妙な気温差で発生したと考えられており、こうした知見で説明できる。

その後、この雪害研究では、気象データを用いた着雪量の算定方法(着雪モデル)が開発された。時々刻々の着雪タイプ(湿型・乾型)を客観的に判断しながら時系列な着雪量を求めることが可能となり、着雪マップ作製の下地が整った。

着雪マップの更新

気象庁が運用する約760地点の気象観測データに着雪モデルや数理統計学に基づく解析法を適用し、再現期間50年に対応する着雪量を算定した。

多様な設備条件(電線サイズ・電線地上高・線路走行)に対して着雪マップを共通に適用できるよう、設備条件の数多くの組み合わせに対する算定結果の最大値を採用した。着雪マップの各メッシュでの再現期間値は、各観測地点の値を距離の重みづけで空間内挿により算定され、着雪厚に換算してマップ化された。

このような検討過程を経て、JEC127において湿型・乾型の各着雪タイプに対して半経験的に作製された2つの着雪マップが合理的な手法により1つのマップに更新された。現在、電技解釈の解説にもこの着雪マップが参照されている。

気候変動影響に係わる課題

気候変動に伴い線状降水帯による集中豪雨の頻度が増加している。降雪現象でも集中豪雪という形で同様のことが発生しうる。「JPCZ(日本海寒帯気団収束帯)」や「南岸低気圧」という用語をよく耳にするようになった。

微妙な気温変化によって着雪適温状態が継続し、大雨ではなく、湿った雪がいわゆるドカ雪として降る事象が発生する可能性はどの程度であろうか。少なくとも、そのような現象の再現期間は、設計での想定をはるかに超えると考えられる。想定外の稀な事象であっても、鉄塔倒壊等の被害による長期の停電が社会へ与えるインパクトは大きい。設計に見込むべき再現期間について議論が及ぶこともありうる。その反面、気候変動下では見込むべき着雪厚が少なくなる地域が西日本を中心に増えることも予想される。

気候変動に係わる課題として、これまでの気象データに基づいて作成した着雪マップを見直す必要性に加え、極端に多量の湿雪が降る事象の発生頻度や地域性、さらには極端事象に対する難着雪化対策の効果を明らかにするための研究を進める必要がある。

著者

杉本 聡一郎/すぎもと そういちろう
電力中央研究所 サステナブルシステム研究本部 上席研究員
1997年度入所、専門は気象予測・電線着氷雪・竜巻影響評価など、博士(工学)。

電気新聞 2024年12月25日掲載

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