電力中央研究所

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電気新聞ゼミナール

電気新聞ゼミナール(324)
発電プラントの保全重要度評価を高度化することは可能か?

配管系統の現行の保全重要度評価の課題

原子力発電所における配管系統の保全管理は、安全性確保の要として位置づけられている。日本電気協会が定めた保守管理規程(JEAC4209)と指針(JEAG4210)に基づき、配管の保全管理には重要度が設定されている。この重要度は、炉心損傷頻度などの確率論的リスク評価や、安全機能上の重要度分類指針を基にした定量的指標と、運転経験や作業安全性などの定性的指標を組み合わせて決定される。

しかし、原子炉安全上のリスクが小さい配管系統にも検査対象となる箇所は多数存在し、この範囲内だけで考えた場合には有意な優先順位付けが難しいという課題がある。現行の規程では、安全性に直結しない系統について、温度・圧力条件や稼働頻度を考慮した作業安全リスクや経済性を必ずしも反映できていない。仮に配管の損傷による高温流体漏洩を想定した場合には、周辺機器への影響や作業員への熱傷リスクが懸念されるが、これらリスクを定量化する指標は未整備である。また、負圧条件下で漏洩リスクが低い配管についても、現行規程ではその特性を十分反映していない。特に、沸騰水型炉のバランスオブプラント系や加圧水型炉の二次系など、原子炉安全上のリスクが小さいと考えられる配管系統では、定量的な指標が不足しており、本来考慮すべき保全管理の優先順位が適切に設定できない可能性がある。

新たな保全重要度評価手法の開発

この課題に対応するため、電力中央研究所では高温流体漏洩時の作業安全リスクに着目して、新たな保全重要度の評価手法の開発を進めている。例えば、熱傷予後指数に基づくモデル構築がその一例である。このモデルは流体衝突時の温度分布や皮膚内熱伝導解析を用いて、人体への影響を定量化するものである。特に、高温流体の相変化を伴うフラッシング条件下では、高温流体が広範囲に拡散し、深刻な熱傷リスクが生じる可能性が示唆されている。これらの知見を活用すれば、配管設計情報(温度、圧力、レイアウト等)から作業安全性を数値化し、新たな保全重要度評価基準を構築できる。

加えて国内の既往研究では、経済性を考慮したリスク評価手法として、生産電力量に対する保全費用(Fussell-Vesely値やRAW値)を活用することを試みた事例もある。これらの指標は、配管破損時の影響範囲や復旧コストを考慮しつつ、合理的な優先順位付けを可能にし得ると考えられる。

保全重要度評価の高度化に向けて

原子力発電所における配管保全管理は、安全性確保だけでなく経済合理性や作業員安全確保も考慮した、総合的なアプローチへと進化する必要がある。具体的には①作業安全リスクや経済性を考慮した新たな定量指標の開発、②熱傷リスク評価モデル等を活用した優先順位付け、③保全重要度評価基準への規程反映、といった取り組みが求められる。

これらの取り組みにより、原子力発電所の安全性向上と効率的運用の両立が期待される。さらに、個々の配管系統の特性や運転条件を詳細に考慮した評価手法の確立も重要である。例えば、配管材料の経年劣化特性、流体の腐食性、配管周辺の環境条件など、多角的な要素を組み込んだ評価モデルの構築が望まれる。また、IoTセンサーによるリアルタイムモニタリングや、AIを用いた劣化予測モデルの導入といったデジタル技術の活用により、より精緻な保全重要度評価が可能となる。これらの先進技術を既存の評価手法と融合させることで、動的かつ適応的な保全管理システムの構築が期待される。

保全重要度評価に関する今後の展望

今後は、学際的なアプローチによる研究開発が一層重要となる。材料工学、流体力学、熱力学、確率論的リスク評価、経済学など、多岐にわたる分野の知見を統合し、より包括的な評価手法の確立を目指す必要がある。配管の保全重要度評価は、単なる技術的課題に留まらず、原子力発電の社会的受容性にも関わる重要なテーマである。透明性の高い評価プロセスの構築と、その結果の適切な公開は、原子力発電所の安全性に対する公衆の信頼醸成にもつながる。

原子力発電所の長期的な安全性と信頼性の確保に向け、配管の保全重要度評価の継続的な改善と高度化は不可欠である。今後も、最新の科学的知見を取り入れながら、より精緻で効果的な評価手法の開発に取り組んでいく。

著者

渡辺 瞬/わたなべ しゅん
電力中央研究所 エネルギートランスフォーメーション研究本部 主任研究員
2012年度入所、専門は熱流動、計測工学、博士(工学)。

電気新聞 2025年1月15日掲載

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