
台風に伴う強風や大雨は、人々の生活だけでなく、電力をはじめとする社会インフラにも大きな影響を及ぼすことが多い。近年では、2018年台風21号、2019年台風15号、2024年台風10号などによる大規模な停電が発生している。このような被害を軽減するため、台風の進路や強度を早期に予測することが重要である。
台風進路予測では将来の移動経路を、台風強度予測では中心気圧や最大風速の変化を見積もる。日本に接近する台風は、太平洋高気圧や偏西風などの大規模な気流に沿って移動するほか、周辺の低気圧や高気圧、他の台風との相互作用などの影響も受けるため、これらの位置や強さの今後の変化に基づいて、台風進路が予測される。一方、台風の強度は、海面水温や周囲の大気の状態などに基づいて、今後どの程度発達するか、あるいは衰退するかが予測される。以降、台風進路・強度予測を総称して「台風予測」とする。
こうした台風予測を支えているのが「数値気象モデル」(以降、気象モデル)である。気象モデルは、スーパーコンピューター上で大気を細かな格子に分割し、現在の大気の状態を初期値として、その後の気温や気圧、風などの変化を物理法則に基づいて計算する。しかし、大気は非常に複雑なシステムであり、初期値のわずかな違いが予測に大きな差を生じさせる。この不確実性を評価するため、初期条件を少しずつ変えた多数の予測計算を行う「アンサンブル予報」が広く用いられている。台風の予報円は、こうした複数の予測結果のばらつきを基に、将来の台風が進む可能性が高い範囲を示したものである。
電力分野では、台風の進路だけでなく、「いつ、どこで、どの程度の強風や大雨が発生するのか」を事前に予測することが重要となる。台風は、強風・大雨による直接的な被害だけでなく、倒木による配電線の損傷や土砂災害などを通じて、電力流通設備にさまざまな影響をもたらす。
詳細な台風予測を活用することで、被害が想定される地域への作業員や復旧資機材の事前配置、設備点検の実施、復旧計画の策定などを効率的に進めることが可能となる。当所では、こうした取り組みの一例として、配電設備を対象とした「台風版リスク評価マネジメントシステムRAMPT」を開発・運用している。RAMPTは、最新の台風予測から配電設備被害を想定し、復旧活動を支援している。このように、台風予測の精度向上は、気象予測の高度化のみならず、電力の安定供給と災害発生後の迅速な復旧への貢献につながる。
台風予測の精度は、気象衛星や気象レーダーなどの観測技術の向上に加え、スーパーコンピューターの高性能化や気象モデルの高解像度化・高度化によって着実に向上してきた。気象庁は2009年に台風進路予報を5日先まで延長し、2019年にはアンサンブル予報の本格活用と強度予報の5日先までの拡大を実施した。さらに、2023年には5日先の予報円の半径が従来より最大40%縮小されるなど、台風予測は着実に進化している。
さらに、近年、新たな技術として注目を集めているのが、人工知能(AI)を用いた台風予測である。AIは、スーパーコンピューターを用いた大規模な物理計算を必要とせず、代わりに膨大な過去の気象データから大気の変化の特徴を学習し、短時間・低コストで予測結果を算出することができる。台風の進路予測においては、従来の気象モデルと同程度、場合によってはそれを上回る予測精度を示す事例も報告されている。ただし、急発達する台風や局地的な豪雨・暴風、極端現象については、AIによる予測にも課題が残されている。また、AIの学習に用いられる気象データの多くは、気象モデルによる計算結果や観測データを基に作成されている。そのため、AIの活用が進む中でも、物理法則に基づいて大気の変化を計算する気象モデルは、気象予測を支える重要な基盤技術であり続けている。
今後は、観測技術や気象モデルの高度化に加え、AIなどの新技術を活用することで予測精度のさらなる向上が期待される。その成果は、停電リスクの早期予測や迅速な復旧対応を通じて、電力の安定供給に貢献すると期待される。
電気新聞 2026年9月9日掲載