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旬刊 EP REPORT EWN(エネルギーワールド・ナウ) 

旬刊EP REPORT EWN(第2170号)
欧州委、小型炉の戦略を公表 30年代初頭の運開目標に
28年までに2億ユーロの支援を検討

欧州委員会は、3月10日、「欧州における小型モジュール炉(SMR)の開発・導入に関する戦略」と題する政策文書を公表した。この文書では、SMRを「欧州における次代を担う主要な産業プロジェクトの一つ」と位置付け、「2030年代初頭に、最初のSMRを運転開始する」ことを目標に掲げた。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、同日にパリで開催された原子力サミットにて、「1990年には欧州の電力の3分の1が原子力だったが、今日ではわずか15%」「信頼性が高く、手頃な価格で低排出の電源を放棄したことは欧州にとって戦略的失敗だった」「原子力と再エネの組み合わせが最も効率的だ」と述べた上で、SMR戦略の公表を表明した。一連の出来事は、EUにおいて、原子力への風向きが変わったことを象徴している。

原子力をめぐって欧州連合(EU)には分断がある。フランスや北欧・東欧諸国が原子力利用を推進する一方で、ドイツやオーストリアなどは脱原子力を掲げている(ドイツは23年4月に最後の原子力発電所の運転を終了し、脱原子力を完了)。この分断により、EU 全体では原子力に関して具体的な施策を講じることが難しい状況が続いてきた。実効的な施策を実施するためにはEU 法(規則・指令など)の制定が必要になるが、原子力に関する立法には人口の多いドイツやスペインなどの反対が予想され、成立する見込みが立たないためである(4か国以上かつEU 総人口の35%以上が反対する場合は法案を通すことができない)。

しかし近年、脱炭素化の要請や、エネルギー安全保障の重要性の高まりを背景に、原子力の役割が見直されつつある。例えば、ベルギー(03年に脱原子力法を制定)では、昨年5月に脱原子力法を撤回し、既設炉の運転延長や新設に向けて動き出した。デンマーク(1985年に議会が原子力の禁止を決定)では、昨年5月に議会が原子力の導入可能性の検討を求め、今年 1月から政府がSMRの導入に関する評価を開始している。イタリア(87年に国民投票を実施し脱原子力を決定)でも、原子力を導入するための法案を昨年2月に政府が提案し、議会で審議されている。ドイツでも、メルツ首相をはじめ第一党のキリスト教民主同盟(CDU)は原子力に前向きで、昨年5月の連立政権の発足にあたっては、脱原子力の撤回も検討された。連立のパートナーである社会民主党(SPD)の同意が得られなかったことから、ドイツ自身の原子力政策は変更されなかったが、EUとして原子力を推進することには反対しない方針に変わったと言われている。

EU レベルでも、原子力の位置付けは徐々に変化してきている。2019年末に発足した第1期フォンデアライエン委員会は、欧州グリーンディールを旗艦政策に掲げ、様々な政策領域において気候変動を優先課題とした。その一環で、EU タクソノミーと呼ばれる、サステナブルな経済活動の基準を策定し、その中には原子力も条件付きで含められた。24年6月に制定されたネットゼロ産業法(NZIA)では、再エネや水素、蓄電池、ヒートポンプなどとともに、原子力も、許認可の簡素化などの対象とした。24年末に発足した第2期フォンデアライエン委員会では、気候変動から産業競争力へと重要課題がシフトしたが、原子力への前向きな姿勢はむしろ強まっている。例えば昨年3月に公表された政策文書「クリーン産業ディール」では、欧州委員会が「SMRの開発・導入の加速を支援する」ことが明記された。SMR戦略はこの延長線にある。

SMR戦略では、SMRの特徴や可能性、関連するEU の政策目標などを記述した上で、九つのアクションを提示した(表参照)。特に重要な点は、有望なプロジェクトの選定と、ファイナンス面でのリスク低減のための公的資金の提供である。

図

SMR戦略で提示したアクション

欧州委員会は、SMR戦略の策定に先立って、欧州の原子力産業界とともに「SMRに関する欧州産業連合」を創設している。この連合は「30年代初頭に、最初のSMRを運転開始する」ことを目標として、八つのプロジェクトを特定し、評価を始めている。SMR戦略では、さらに絞り込みを行い、リソースを集中させ、またEU加盟国間の政策や規制などの協調を強化することを示唆している。

ファイナンスについては、民間投資の動員のためにリスク低減が必要であること、特に初号機となるSMRプロジェクトに対しては公的資金の提供が重要であることが強調されている。具体的にはEUの既存の仕組みを活用した施策を列挙しつつ、欧州委員会が「28年までに2億ユーロ」の支援を検討する。

ただし、SMRの導入を実現させる主体はあくまでも各国であり、産業界である。SMR戦略は、EUとして実施可能な支援策を取りまとめたものに過ぎない。それでも、欧州委員会が原子力に特化した政策文書を取りまとめたことは特筆に値する。ドイツやデンマークの方針転換を踏まえると、今後はEUレベルでも原子力の推進に資する規則や指令などの策定も可能になるかもしれない。折しも中東情勢の悪化により、エネルギー安全保障の重要性が一層高まる中、原子力に回帰しつつあるEUの行方が注目される。

著者

堀尾 健太/ほりお けんた
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員

旬刊 EP REPORT 第2170号(2026年3月21日)掲載
※発行元のエネルギー政策研究会の許可を得て、記事をHTML形式でご紹介します。

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