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社会経済研究所 コラム

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EUの炭素国境調整
炭素流出の防止が目的 導入までに紆余曲折も

電力中央研究所 社会経済研究所
 上席研究員 上野 貴弘

 欧州連合(EU)の行政府である欧州委員会は7月14日に2030年削減目標(1990年比55%減)を達成するための政策パッケージ案を発表した。その一つとして、炭素国境調整が含まれた。

 炭素国境調整は、内外の炭素価格差を埋めて、自国から他国への「炭素流出」を防ぐことを目的とする措置である。炭素価格を課せられている自国製品が、課せられていない他国製品よりも国際競争上、不利になれば、自国の生産が減り、他国の生産が増え、それに伴い、炭素排出も他国に流出する。他国の炭素効率が低ければ、自国の排出は減っても、世界全体では排出が増えてしまう。

 こうした事態を防ぐために、国境において、輸入品には、自国と同等の炭素価格を課し、輸出品には、いったん徴収した炭素価格分を還付する。そうすることで、国内市場では、国産品と輸入品の両方に同等の炭素価格が課せられ、海外には、炭素価格が乗らない形で製品が輸出される。

 このように基本的な仕組みは単純だが、実際に導入する際には、細かい制度設計が必要となる。今回の欧州委員会の提案は、EUにおける炭素国境調整の詳細設計を示すものである。具体的に見ていこう。

 まず、輸入品のみを調整対象とし、EUからの輸出品への炭素価格分の還付は行わない。欧州委員会はその理由を明らかにしていないが、世界貿易機関(WTO)の下での自由貿易のルールに配慮したものと思われる。炭素国境調整は政策的に貿易に介入するものであり、自由貿易のルールとは両立しにくいが、WTOは環境目的等のための例外規定を定めている。ただ、この例外を用いて炭素国境調整を行う場合でも、輸出への還付は行いにくいと言われている。

 調整対象となる製品は、当面は、鉄鋼、アルミ、セメント、肥料、電力のみである。炭素流出を防止するためには、全ての製品を対象とするのが望ましいが、自動車などの複雑な製品になると、原材料や部品に付随する炭素排出量の推定が難しい。そのため、排出量計算が容易で、生産コストに占める炭素コストの割合が高い素材・電力等に対象を限定している。対象製品の日本からEUへの輸出は非常に小さく、影響は限定的であり、電力輸出も当然ない。影響が大きいと見込まれるのは、対象製品の輸出額が大きいロシア、トルコ、ウクライナ等である。

 輸入品に炭素価格を課す際に、輸出国側で生じている炭素コストを差し引くかも制度設計の論点である。欧州委員会は、排出に対する税または排出量取引分を差し引くとしつつ、この点についての合意を他国と締結可能とした。

 欧州委員会は2023年から本制度を開始するとしているが、最初の3年間を移行期間とし、輸入者に排出量等の報告義務を課すものの、炭素価格は課さない。2026年からは炭素価格を課すが、EU域内の排出量取引における排出枠の無償割当を同年から10年かけて削減するのに合わせて、国境調整も10年かけて段階的に課していくとしている。つまり、炭素価格が完全な形で乗るのは2036年からとなる。

 欧州委員会の提案は、世界初の国境炭素調整の試みであり、注目を集めているが、導入までにはかなりの紆余曲折が予想される。

電気新聞2021年8月3日掲載

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