社会経済研究所

社会経済研究所 コラム

PDF版 2025年1月27日

トランプ大統領による就任日のエネルギー・環境関連の大統領令

電力中央研究所 社会経済研究所
 上席研究員 上野貴弘

米国のトランプ大統領は、就任日となる2025年1月20日に、エネルギー・環境関係で4本の大統領令と1本の覚書に署名した。以下では、その概要と、1月26日時点(日本時間)における筆者による解説(ポイント)を記す。

※後述するように、執筆時点において、米国のパリ協定脱退通告は国連のdepositary notificationsのウェブサイトに掲載されていない。掲載後に本稿を改訂する予定である。

(1) 国際環境合意における米国第一の大統領令

概要:

  • (a) パリ協定からの脱退を、国連大使は国連事務総長に速やかに通告しなければならない。脱退は通告と同時に効力を持つものとみなす。
  • (b) 気候変動枠組条約(UNFCCC)の下でのあらゆる合意(any agreement, pact, accord, or similar commitment)からの脱退を、国連大使は国連事務総長または関連する主体に速やかに通告しなければならない。
  • (c) 国連大使は、UNFCCCの下でのあらゆる資金コミットメントを速やかに停止または撤回しなければならない。
  • (d) 国連大使は上記(a)〜(c)の完了後すぐに、国際合意が米国に不当な負担をもたらさないようにするために必要な更なる取り組みを報告しなければならない。

ポイント:

  • トランプ大統領は就任日にWHOからの脱退も決めたが、その通告は1月23日付で掲載された。
  • 第1期にパリ協定から脱退した際にはその通告が可能になった2019年11月4日付で通告が掲載された。バイデン大統領がパリ協定に復帰した際には、就任日である2021年1月20日付で通告が掲載された。
  • また、通告と同時に脱退は効力を持つとされているが、協定の規定上、効力を持つのは通告から1年後である。
  • (b)についても、1月26日時点(日本時間)で、通告は国連のdepositary notificationsのウェブサイトに掲載されていない。なお、UNFCCCの下での“any agreement, pact, accord, or similar commitment”が具体的に何を指すのかは明確ではない。というのも、毎年のCOPで採択する決定は政治合意に過ぎず、通常、個別に受諾したり脱退したりするものではないためである。また、通告先に国連事務総長だけではなく、関連する主体(any relevant party)が入っている意図も不明である。
  • UNFCCC脱退には言及せず、その可能性は遠のいた。ただし、(b)にこれまでのUNFCCCの下での取り組みの否定に近い表現があるうえ、(d)で「国際合意が米国に不当な負担をもたらさないようにするために必要な更なる取り組み」を検討するとされたことから、UNFCCC脱退リスクが完全に消えたとはまだ言い難い。

(2) 米国のエネルギーの解放(unleashing)に関する大統領令

概要:

  • 各省庁は国内エネルギー資源開発(特に石油、天然ガス、石炭、水力、バイオ燃料、重要鉱物、原子力)への負担となりうる省庁の取り組み(※主として規制を指す)を速やかに特定したうえで、その撤回・改定などを進めなければならない(※Sec. 3に記載)。
  • バイデン政権による気候変動関連の大統領令をすべて撤回する(※2050年ネットゼロ排出を盛り込んだ2021年1月27日の大統領令も撤回)(※Sec. 4に記載)。
  • 認可プロセスの効率化(環境アセスメントの見直しを含む)(※Sec. 5に記載)。
  • 炭素の社会的費用に関するこれまでの文書等を撤回したうえで、環境保護庁(EPA)長官は60日以内に、炭素の社会的費用の計算を連邦政府による認可や規制から排除することを検討し、ガイダンスを発行しなければならない(※Sec. 6に記載)。
  • EPA長官は30日以内に「温室効果ガスの危険認定(2009年12月15日)」の合法性と継続的な適用可能性についての提言を取りまとめなければならない(※Sec. 6に記載)。
  • 全省庁はインフレ抑制法とインフラ投資雇用法のもとでの予算使用を速やかに停止して、レビューを行わなければならない。全省庁は90日以内にレビュー結果を大統領府に提出しなければならない(※IRAの減税は執行停止の対象ではない)(※Sec. 7に記載)。
  • エネルギー長官に対して、LNG輸出の新規認可申請の審査を可能な限り速やかに再開するように指示。その際、申請のなかで主張される「公益」のうち、米国への経済・雇用影響と同盟国・パートナー国の安全保障への影響のみを評価しなければならない(Sec. 8に記載)。
  • 鉱物資源のドミナンスの再構築(Sec. 9に記載)。

ポイント:

  • 重要なのはSec.3で、既存法の行政権限でバイデン政権が定めた規制などの見直しに着手するもの。具体的には、火力発電所や新車販売への排出規制を緩和していくものと思われるが、行政手続法に沿った手続きが必要で1年半〜2年を要する。
  • Sec.6で「危険認定」に関する検討が入った点は今後の展開を注視すべき。仮にこの認定を取り消すと、既存法の下で温室効果ガス排出を規制できなくなるが、取り消しに対する訴訟での政権の勝算は未知数である。
  • Sec.8におけるLNG輸出の新規認可の解禁は事前の予想通りであった。「米国への経済・雇用影響と同盟国・パートナー国の安全保障への影響のみを評価」という表現からは、米国内や輸出先での温室効果ガス排出への影響は考慮しないということを遠まわしに言っているように見える。

(3) 国家エネルギー緊急事態宣言に関する大統領令

概要:

  • 米国のエネルギー生産・輸送・生成・発電が不十分であることは、米国経済、国家安全保障、外交政策上の通常ではない異常な脅威(an usual and extraordinary threat)であることを理由に、国家緊急事態を宣言する(※Sec. 1に記載)。
  • 各省庁は緊急事態時の合法的権限等を特定し、(連邦公有地を含むが、それに限定されない場所における)国産エネルギー資源の特定、リース、立地、生産、輸送、生成、発電を促進する目的で、その権限を行使しなければならない。各省庁が連邦政府の土地収用の権限、または国防生産法の下での権限の行使が必要と評価する場合には、大統領に提言を提出しなければならない(※Sec. 2に記載)。
  • EPA長官はE15ガソリン(※エタノール15%混合ガソリン)の通年販売を可能とする緊急時ウェイバーを検討しなければならない(※Sec. 2に記載)。
  • 各省庁は緊急事態時の合法的権限等をエネルギーインフラの完成加速等のために行使しなけれればならない(※Sec. 3に記載)。
  • 緊急事態時における環境規制(水、絶滅危惧種)の執行緩和の検討(※Sec. 4〜6に記載)。
  • 本大統領令でのエネルギーとは、原油、天然ガス、リースコンデンセート、天然ガス液、精製石油製品、ウラン、石炭、バイオ燃料、地熱、流水の力学的移動、重要鉱物を指す(※Sec. 8に記載。風力・太陽光は含まれず)。

ポイント:

  • (2)の大統領令が既存法の下での行政権限による政策見直しであるのに対して、この大統領令は国家緊急事態を宣言することで追加的に発生する権限によってエネルギー供給の拡大を目指すもの。
  • ただし、行使を想定する追加的な権限は(E15ガソリンの通年販売と、一部の環境規制の執行緩和以外は)具体的には明記されず、各省庁に委ねる形となっている。したがって、緊急事態宣言の効果は現時点では未知数である。
  • 1期目に、連邦動力法の緊急事態時の権限(202条(c))および同法の他の権限を用いて、サイト内に燃料を確保しているベースロード電源(石炭火力および原子力発電)の延命を図ろうとしたが失敗した。今回の大統領令で、202条(c)の権限を用いるのかは現時点では不明である。

(4) 洋上風力に対する沖合大陸棚リースの一時的な停止と、風力発電(陸上風力を含む)に関する連邦政府のリース・認可に関するレビューの覚書

概要:

  • 洋上風力に対する沖合大陸棚のリースを、2025年1月21日から本覚書が撤回されるまでの間、停止する。すでに停止されている海域についても引き続き停止する。新規のリース停止は既存のリースにおける権利には影響しないが、内務長官は既存のリースを終了または見直す環境上・経済上の必要性を包括的にレビューしなければならない(Sec. 1に記載)。
  • 風力発電(陸上風力を含む)について、各省庁は新規の承認、通行権、認可、リース、融資およびこれらの更新を、連邦政府による風力発電へのリースおよび認可の包括的な評価が完了するまで停止しなければならない(Sec. 2に記載)。

ポイント:

  • トランプ大統領が風力発電に対する反感を繰り返し発言してきたことと整合的な動き。なお、太陽光発電に対しては、このような覚書は出ていない。

(5) アラスカの桁外れな資源ポテンシャルの解放に関する大統領令

概要:

  • アラスカの資源開発の障壁となっている規制等を全体的に見直していくもの。
  • そのなかで、アラスカのLNGポテンシャルの開発(米国の他の地域および太平洋地域の同盟国への輸送・販売を含む)への言及あり。

ポイント:

  • 「太平洋地域の同盟国」には、日本が含まれると考えるのが自然であろう。トランプ大統領の求めに応じ、アラスカLNGに関与するのかが論点になりうる。

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