電気新聞ゼミナール

2017.09.11

事業法と独禁法の関係について、英国の規制緩和の歴史から学べることは?

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  • 経済・社会

電気新聞ゼミナール(139)

 本稿では、英国の規制緩和をめぐる議論から、電力システム改革後における事業法と独禁法の関係について考えたい。

【事業法と独禁法の相互関係をめぐる議論】

 規制緩和を経た分野では、事業法と独禁法は競争を通じた消費者利益の拡大という目的を共有するが、その性格はかなり異なっている。

 事業法は、各事業の固有の事情を踏まえつつ、事前に定めた具体的ルールを、各種許認可を通じて事業者に順守させることを基本としており、新規参入促進などの政策目標を取り込めることがその特徴である。

 他方で独禁法は、全業種に共通の一般的な競争のルールを定め、違反者に課徴金などの制裁を課す。事業法とは対照的に、独禁法は原則、既存事業者か、新規参入者かなどを区別しない。

 事業法の規制は様々なものを含むが、公正競争確保に関連する規制については、独占禁止法との相互関係、すなわち、そのいずれを原則ととらえ、優先的に適用するべきかが問題となる。この点については、日本の法学者の間でも見解が別れるが、各種の規制緩和で先行する英国では、どう整理されているのか。

【市場競争をどこまで信頼するか:英国の規制緩和の理想と現実】

 英国は、一九九〇年の電気事業の分割民営化に先立ち、一九八四年から電気通信、ガス、航空分野の民営化・規制緩和を順次実施してきた。

 当時、これら規制緩和の提唱者は、電力の送配電網や電気通信の加入者回線網といったネットワーク部門には規制を残しつつ、それ以外の部門には競争原理の導入が可能であり、それにより消費者利益も拡大するはずだと考えていた。

 そして彼らは、事業法と独禁法の関係を以下のように整理していた。すなわち、規制緩和の初期には、事業法の規制が中心となる。しかし、競争の進展に伴い、その役割は段階的に縮小し、独禁法の役割が拡大していく。そして、市場競争が十分に進展した段階で、ネットワーク規制を除けば事業法はその役割を終え、独禁法の規制に収斂する。

 政府が当初、電気通信の事業法を、専門官庁ではなく当時の独禁法当局(OFT)に監督させようと計画したのも、事業法規制を過渡的なものと考えたためである。 しかし、電気通信の規制緩和から三十数年、電力では二十五年以上が経過した今日、英国の規制緩和の推進者たちが想い描いた理想ないし青写真は、いまだ実現していない。確かに、一部で効率化やサービス向上が達成されたものの、電気事業で言えば、発電部門では寡占化が進み、さらに小売部門でも消費者による供給者選択が十分かつ適切に進んでいるとは言い切れない状況にある。

 そのような規制緩和の現実に直面した英国政府は、事業法の規制を用いて競争促進策を講じている。その一例が、供給者変更促進のため、二〇一三年にガス・電力市場局(Ofgem)が実施した、事業者の料金プランに対する介入である。

 このことから、事業法規制の段階的縮小という当初の理想を政府が放棄したと即断すべきではない。むしろ、これを維持しつつも、まだ競争が不完全な分野について事業法の規制を実施しているとみるのが適当だろう。

 それでも、英国の規制緩和の推進論者の一人でもあったリトルチャイルド博士は、Ofgemによる先述の介入は市場競争の基本原則に反すると厳しく批判している。

 この見解の対立は、市場競争の結果次第で政府の介入を是認するのか、それとも、政府介入が失敗するリスクにも鑑みてこれを否定するのか、という考えの違いに帰着すると言えよう。

【事業法規制からの「卒業時期」の見極めを】

 以上のように、英国は、規制緩和の理想と現実の乖離に苦悩しており、またその現実との向き合い方についても見解の一致をみていない。

 電気事業などで規制緩和を進めている日本でも、競争促進や消費者保護を目的とした制度や措置が存在する。

 英国の経験からは、各事業分野の特性や競争実態を踏まえて、いまだ事業法に基づく措置に頼らざるを得ない段階にあるのか、それとも、すでに競争が十分機能しており、独禁法に委ねてよい段階に至っているのかを、適切に見極めることが必要と言える。その際には、事業法規制がむしろ競争を歪めてはいないかという視点も不可欠である。

 さらに、今後、電力・ガス市場改革の成果を常に検証することは当然であるが、その結果をどう受け止めるのかについても、国民的な議論が必要となる。

電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 主任研究員
佐藤 佳邦/さとう よしくに
2006年入所。専門は経済法。

電気新聞2017年9月11日掲載
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