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電気新聞 ゼミナール

ゼミナール (153)

リスク情報を活用した意思決定(RIDM)の
我が国への定着のために何が必要か?

 我が国の原子力分野では、規制要求への適合に留まらず自律的な安全性向上を目指し、RIDM(Risk―Informed Decision Making)の導入に向け検討が進んでいる。2018年2月には、原子力事業者11社が共同で「リスク情報活用の実現に向けた戦略プラン及びアクションプラン」を公表した。
 RIDMは、従来の決定論的評価に加え、確率論的リスク評価(PRA)の知見も統合し、より合理的なリスク管理の意思決定を志向する。両者は頻度や不確かさの扱い等の点で考え方が違い、時に対立的な知見を導く。それ故、異なる示唆をいかに総合して判断を行うかが、RIDMの成否を握る鍵となる。
 我が国では、事業者の自主的安全性向上の文脈でRIDMが注目されているが、RIDMの実践で先行する米国では、規制者と産業界との相互作用に、その特徴が見出される。本稿では、米国のRIDM事例をガバナンスの観点から分析し、我が国への示唆を得る。

【事業者と規制者のオープンな議論と選択】

 米国では、産業界がリスクの観点から規制に対する改善提案を行い、規制側との議論を繰り返してきた。
 例えば、福島原子力事故後、米国原子力規制委員会(NRC)は、一部の炉型についてフィルタ・ベント(FV)設置の規則化を企図した。これに対し産業界は、FVに限定せず放射性物質の放出抑制に向けた戦略を総合的に考慮すべきと主張し、両者の間で議論が行われた。その際、①産業界と規制側とのオープンな議論の下、②複数の選択肢を設定し、③それらをコストも含む複数の観点で評価し、④NRC委員の投票で意思決定を行う、という過程を辿った。
 具体的には、NRCスタッフの案と、産業界の主張に基づく案とを含む、4つの選択肢が提示され、科学的妥当性、費用便益分析、深層防護(複数の防護策の組み合わせ)等の観点から評価された。意思決定者であるNRC委員会の票決(2013年3月)では、NRCスタッフのFV規則化案は承認されず、産業界の提案したアプローチも考慮した検討を行うこととされた。
 この事例は、NRCと産業界が対峙し、複数代替案を多様な観点から評価し合った結果、意思決定者であるNRC委員会がNRCスタッフの当初案を棄却した、という点に注目すべき例だと言える。

【制度や理念を含めた体系的RIDM】

 上記分析を踏まえると、米国におけるRIDMの本質は、複数選択肢の複数観点からの評価と、ステークホルダー間の議論により、オープンな形で意思決定の妥当性を紡いでいく過程の中にあると考えられる。特定の案を支持する証拠のみならず、対立する主張も含め、多様な知見を精査した上で判断に至る論理を構築し、その妥当性を議論の相手や第三者に対して明確に示すこと、即ち、明示的な「正当化」の実現こそRIDMの核心だと言えよう。米国ではこの過程を通じ、技術的検討や費用便益分析等を基に、安全上不可欠な規制要求と、過剰な規制負担との境界を見極めながら、安全規制の改善が図られてきた。
 NRCの組織構造や規制体系も、RIDMが機能する上で重要な役割を果たしている。
 例えば、複数選択肢の比較では、どの代替案も選択可能であることが必要である。NRC委員会とスタッフとの明確な分離構造は、意思決定者とそれに必要な情報の提供者とを分け、代替案の選択可能性を担保している。
 また、米国の原子力規制は、公衆の安全確保に必須の「適切な防護」と、これを超える領域の2層から成り、後者の領域でのみコストの考慮が認められる。この二層構造が、費用便益分析を慎重且つ賢く活用する上での制度基盤となっている。

【正当化の過程の公知化を】

 米国事例を踏まえ、我が国への示唆として、原子力規制委員会も含めた社会全体のガバナンスとしてRIDMを理解し実装することと、リスク管理の意思決定における「正当化」の過程を開くこと、の2点が指摘できる。
 当所原子力リスク研究センターでは、PRAの研究開発に加え、事業者のRIDM確立に向けた支援を行っている。RIDMの導入がより良いリスク管理の実現に寄与していくために、当所としても引き続き尽力したい。

電力中央研究所 社会経済研究所 兼 原子力リスク研究センター 主任研究員
菅原 慎悦/すがわら しんえつ
2012年度入所、原子力のリスク管理、博士(工学)。

電気新聞2018年4月18日掲載

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