ゼミナール (184)
英国では今年1月から家庭向けの標準料金の抑制を目的とするプライスキャップ規制(上限価格規制)が適用されている。標準料金とは、需要家が小売事業者と契約をする際に、特に料金プランを選択しない場合や、これまで契約していた料金プランの期限切れ後に新たなプランを契約しない場合に適用される、いわゆるデフォルトの料金である。
標準料金に対するプライスキャップ規制の適用には、英国の規制当局(Ofgem)および競争政策当局(CMA)共に、競争市場への悪影響を懸念し、否定的であった。しかしながら、与野党が選挙活動を通じて、標準料金を支払う需要家の負担を問題視し、最終的に導入に至った。
料金規制の導入が決定されたが、市場介入による規制リスクへの懸念も根強く、制度設計には規制リスクへの配慮も多少、盛り込まれてはいる。
例えば、この料金規制は最長で2023年までの時限規制とされている。これは、自由市場に対する介入が、予期せぬ弊害を及ぼすことをCMAが指摘し、短期間に留めるべきと言及したことを反映している。
さらに、プライスキャップの水準には、基準となる効率的な費用に加えて、不確実性を考慮する項目が含まれている。これは、プライスキャップを設定する時点では規制当局が把握していなかった費用が発生するリスクに対応するためのものである。
このように規制リスクへの一定の配慮はなされたが、料金規制が実際に適用されることによる弊害が生じている。第一に、英国では、標準料金以外の料金プランを選択していた需要家層は決して少なくなかったが(全家庭用需要家の43%)、これらの需要家の便益が料金規制によって減少する点が挙げられる。料金規制は標準料金にのみ適用されており、その他の料金プランには適用されない。このため、図に示すように、料金規制の導入後間もなく、標準料金は引き下げられる一方で、その他の料金水準が引き上げられる状況になっている。すなわち、自由市場において、料金プラン変更のメリットを自ら判断し、契約変更をしていた需要家の便益は、料金規制の導入によって損なわれていると言える。
また、料金規制適用前に英国で実施されたアンケート調査によると、料金プランを変更した需要家の主な変更理由は料金低下への期待であった。しかし、図に示したように、料金プラン間の価格差が縮小することで、需要家の料金プランを検討するインセンティブが低下してしまうことも、市場の自由化という方向性に照らせば逆行と言える。
小売市場における料金規制は、需要家保護の観点から必要と論じられる傾向がある。しかし、再規制をする英国の事例から、料金規制によって失われる需要家便益が明らかになってきている。自由化の便益は本来、需要家の選択とそれに対応する小売事業者の創意工夫の相互作用によって創出される。料金規制の適用は、そうした便益が喪失している側面にも留意が必要だ。
図 標準料金に対するプライスキャップ規制の影響
注)網掛けで示した部分がプライスキャップ規制導入の影響を表している。
参考)Ofgem(2019)を参照し、電力中央研究所にて作成。
電気新聞2019年6月19日掲載