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電気新聞 ゼミナール

ゼミナール (187)

激変する事業環境の下で、電気事業者が
シナリオ・プランニングを実施する意義は?

【将来の多様な可能性を探索するシナリオ・プランニング】

 電力システム改革や分散型電源の普及、デジタル化、脱炭素化など、複数要因による複合的な影響の下、わが国の電気事業者の事業環境は大きく変化し始めている。長らく規制下にあった電気事業者にとっては、まさに将来を見通せない状況にあると言えよう。
 このような将来の不確実性に晒された企業の多くが、状況を打開するために関心を寄せる手法の一つが、将来起こりうる複数の可能性を探る「シナリオ・プランニング(SPL)」である。もともとは米軍が軍事計画を策定する際に利用していたと言われるが、それを事業戦略策定に適用し、一躍有名にしたのが、ロイヤル・ダッチ・シェル社である。様々な将来の可能性を想定して複数のシナリオ作り、それぞれの対応策を練って事前に備える。このうちの1つのシナリオにつながる変化の兆しを、同社はいち早く察知したことで、1970年代の石油危機においてより迅速な対応ができたという事例は、わが国でも広く知られている。

【SPLに期待される効果】

 SPLに期待される効果は複数あるが、ここでは、代表的な3つについて述べたい。
 まず、変化への感度を上げる効果である。人間や組織には、過去の経験値から積み上げた思考パターンである「メンタルモデル」がある。平易な言葉でいうなら、無意識の思い込みである。同じような経験を繰り返しているとメンタルモデルはより強くなり、周囲の変化にも気づきにくくなる。気づいたとしても、過去の成功体験が強いほど、それに基づくメンタルモデルを守りがちになる。これに対しSPLは、様々な可能性への想起を通じて自らの思い込みを認識させ、そこからの脱却を手助けし、変化への感度上昇に貢献する。先のシェル社の事例でも、このようなプロセスを重視したからこそ、石油危機に対応できたとされている。
 第二に、事業環境に対する洞察力を高める効果である。SPLは、「もし〜になったら」という仮説の連鎖から成る。様々な要因の因果関係について考え、将来の大きな変化がどのような発端で、どのような過程を辿って生じるかを深く考察することで、事業環境に対する理解をより深めることができるのである。
 第三に、変化に対応しうる戦略オプションを事前に準備しておくことで、大きな変化に晒された場合の意思決定のスピードを上げる効果である。シェル社の事例は、まさにこの代表例である。
 SPLの方法論については他の文献に譲るとして、ここでは効果的な実践に向け筆者が感じることを述べる。

【グループ討議がメンタルモデルを刷新】

 一般に、SPLではグループワークが推奨されている。つまり、一人で机に向かって実践するものではないということである。実際、シナリオ作りを一人でやっていると、徐々に行き詰まり、自らの思い込みや視野の狭さから抜け出せない。これをグループで、しかも分野の違うメンバーを加えて討議することで、格段に視野が広がり、異なる視点が続々と追加される。個人、もしくは組織としてのメンタルモデルを刷新し、様々な可能性に目を向けるためには、メンタルモデルの異なる者同士が複数集まった方がより効果的と言えるだろう。

【シナリオ作成がゴールではない】

 シナリオ・プランニングとはいうものの、シナリオを作ることがゴールではない。作成したシナリオは、戦略オプション検討の土台として利用するのである。実際、シナリオ自体が一人歩きすることもあるが、むしろ対応策まで議論してこそ、SPLを実践する意義があると言える。

【変化の先の新しい世界に備えるために】

 長年にわたる規制環境の下、電気事業に関わる者の多くが、知らぬ間に強固なメンタルモデルを育んでしまっている可能性がある。急激に進んだ環境変化に対応するには、相当のエネルギーを要するだろう。さらに、システム改革の第3段階を過ぎても、まだまだ不確実な将来が待ち構えている。これらに備えるためにも、SPLなどを有効活用し、個人や組織のメンタルモデルを刷新して、変化への感度を磨いていくことがのぞまれる。

電力中央研究所 社会経済研究所 事業制度・経済分析領域 上席研究員
筒井 美樹/つつい みき
1994年入所。専門は効率性分析、エネルギー事業戦略分析。博士(政策研究)。

電気新聞2019年7月31日掲載

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