電気新聞ゼミナール

2020.01.08

頻発し激甚化する自然災害リスクに対する社会的意思決定のあり方は?

  • 経済・社会

電気新聞ゼミナール(199)

長野 浩司  

 新年にあたり、本欄読者諸氏にご挨拶を申し上げる。一昨年に続き、昨年も自然が猛威を奮い、電力供給や国民生活に深刻な支障を来した。 本年こそ、安寧な年であることを心より祈念する。

【「精神的分断」が進展する世界情勢】

 昨年末、BREXITを争点とする英国議会下院選挙が行われ、与党保守党が歴史的大勝を挙げた。 ジョンソン政権の下で結ばれた合意に基づき、英国がEUからの離脱を強力に進めていくことになろうが、BREXITの帰結は未だ見通せない。 今回野党に票を投じた英国民はもちろん、与党を支持した有権者も、今後の過程によっては眼前に展開する現実への不満を募らせ、 結果として英国内の「精神的分断」が深まることになろう。
 同様のことは、弾劾手続きが進行中の米国トランプ大統領を支持する国民とそうでない国民の分断についても見て取れる。 韓国の文在寅政権も同様であるが、ポピュリスト的政権の一方的な政策が国民世論の分断を伸張させ、恐らく塞ぐことの難しい傷跡を残す、特徴的な軌跡を描いている。 その分断は主義主張のみに留まらず、世代間など多様かつ複雑な様相を呈する。
 筆者は本欄(2018年1月17日掲載)で、「地政学的・地経学的分断」について論じ、イノベーションにより克服していく可能性を指摘した。 問題解決の難しさが一層高まっていると実感する一方で、日本でも同様の現象が進むことがないか、注視したい。

【守り抜くリスクの峻別】

 近年頻発し、かつ激甚化しつつあるように思われる自然災害に対して、事前の守りは重要であり、手遅れになっては無意味である。しかし、災害(に限定されないが)リスクの種類や規模によって、生じる影響も対策費用も大小があり、それらの全てに対して事前に万全の備えをしておくことは、人智の限界や予算制約などから不可能である。さらに、災害発生後は、被害を受けた方々と何事もなかった方々の意識の分断が避けられない。上記の精神的分断がそれに拍車をかけ、事前対策や事後の補償についての社会的合意の形成は容易でない。精神的分断を克服しつつ、経済的被害額や倫理的性格などを踏まえた「守り抜くリスク」と、人智が及ばぬ「甘受するリスク」との峻別に、予め真剣に向かい合い、何らかの結論を出すべきなのではないか。
 図は、x軸にリスクの顕在化確率(災害の発生確率)、y軸にリスクの影響度(災害の被害額)、z軸にリスク低減対策コストの追加分を示している。顕在化確率の低い、あるいは影響度の小さいリスクに優先して対策コストを投じるような愚を犯さない限り、「賢い選択」の集合は図の曲面を形成する。その賢い選択の中で、どの程度の費用を投じてどの程度の発生確率・影響度のリスクに備えるかに応じて最も適切な1点を選び取る必要がある。
 これまで、どのリスクにどの程度の対策を講じるかについては、厳密な比較衡量を経ることなく、個別局面での意思決定を繰り返して来たが、これらを統一した考え方の下に整理した上で、選択した対策費用を、影響度の高い・顕在化確率の大きいリスクに対しては投じて守り、影響度の小さい・顕在化確率の小さいリスクに対しては甘受した上で、顕在化した場合には適切な事後処理を執る。
 これは大げさに言えば、原子力分野で言う「リスク情報を活用した意思決定」の社会実装である。学際的に叡智を結集しつつ取り組んでいきたい。

電力中央研究所 社会経済研究所長 研究参事
長野 浩司/ながの こうじ
1987年度入所、専門はエネルギー政策・エネルギーシステム分析、博士(工学)

電気新聞2020年1月8日掲載
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