ゼミナール (203)
2015年のパリ協定の採択以降、気候変動問題、特に長期的な脱炭素社会の実現への関心が高まっている。温室効果ガスを排出しない電源(ゼロエミ電源)としての価値が認識されるようになって久しい原子力だが、今後の脱炭素化の文脈の中で活路は見出せるのだろうか。国際社会、特に米国や欧州における動向を見てみよう。
2019年10月、国際原子力機関(IAEA)が「気候変動と原子力発電の役割」と題する国際会議を主催した。IAEAが気候変動をテーマとする国際会議を主催するのは今回が初めてである。
会議では、欧米の政策決定者や専門家を中心に、気候変動問題への危機感が表出された。
注目すべきは2018年10月に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)1.5度特別報告書(SR15)への言及が多く見られたことだ。
SR15では、産業革命以前からの気温上昇を1.5度以内に抑えるための経路等を示している。
原子力については、想定の置き方によって結果に幅があるが、多くのシナリオで発電量のシェアが増加している。
また、脱炭素社会の実現に向けて原子力が果たし得る役割があるというナラティブ(展望する将来の語り方)も目を引いた。
昨今良く聞かれるようになった気候非常事態(climate emergency)などの言葉も用いられ、欧米の原子力関係者による気候変動問題への強いコミットメントが感じられる。
少し時を遡るが、2018年10月、米国のNGO「憂慮する科学者同盟(UCS)」が公開した報告書「原子力発電のジレンマ」が関係者の注目を集めた。報告書では、米国において、安価な天然ガス価格などを受けて既設原子炉の経済性が悪化しており、早期閉鎖(及びガス火力等による代替)のリスクが高まっていること、気候変動対策のためには早期閉鎖を防ぐ必要があり、カーボンプライシングや原子力を含むクリーンエネルギーに関する数値目標の設定などの政策手段の導入が必要であることなどを指摘している。
UCSは、1969年の創設以来、原子力の安全性に警鐘を鳴らしてきた歴史を持つ。報告書の公表にあたって、UCSの代表は「IPCC報告書が示すように、我々に残された時間は少なく、困難な選択をしなければならない」と述べた。原子力の再評価の背景に、気候変動問題への強い危機感が窺える。
一方、欧州に目を転じると、脱炭素化に向けた原子力の役割を否定しかねない、EUタクソノミーに耳目が集まっている。EUは、サステナブルファイナンス(持続可能な経済活動への投資促進)に取り組み始めているが、タクソノミーとは、何がサステナブルであるかを判断する基準のことを指す。
EUは、昨年12月に、タクソノミーの確立に関するEU規則に合意した。同規則では、経済活動がサステナブルだとみなされる為には、気候変動を含む6つの環境目的のうち1つ以上に貢献することと、他の環境目的を著しく阻害しないことが要件である。後者の観点から、原子力、特に放射性廃棄物処分がサステナブルか否かが論争となったが、EU規則の段階では結論が出ず、欧州委員会の下で検討が継続される。
IAEA国際会議では、脱炭素社会の実現を見据えて、変動型再生可能エネ(VRE)の大量導入を前提とした議論も多く見られた。VREと原子力を併存させることを目的に、大型軽水炉による負荷追従運転、小型モジュラー炉による出力調整、高温ガス炉による水素製造などの可能性が報告された。
再生可能エネが急速に普及する中、原子力発電も、単にゼロエミ電源であるというだけで脱炭素社会の実現に向けた役割が保証されるわけではない。前回(2月19日)取り上げた既設炉の長期運転(LTO)も含め、更なるコストの低減、運用面での柔軟性の向上、収益源の多様化、革新的技術の開発など、あらゆる可能性を追求することが求められている。
電気新聞2020年3月4日掲載