予備選のスーパーチューズデーを経て、11月5日の大統領選挙は、バイデン大統領とトランプ前大統領の再対決の見通しとなった。
気候変動は両候補の立場が割れる争点で激しい論戦が予想されるが、トランプ前大統領は早くも、パリ協定の再脱退やEV支援の中止といった明確なメッセージを打ち出した。
これに対し、バイデン大統領は、脱炭素投資を支援するインフレ抑制法の制定といった成果をアピールしつつ、新たな政策を打ち出すと予想される。
しかし、その舵取りが難しい。踏み込めば、勝敗を左右する激戦州で不評を買い、踏み込まなければ、若年層や左派の票が逃げるからだ。詳しく見ていこう。
まず、選挙の勝敗は、民主党と共和党が拮抗する激戦州をどちらが取るかで決まる。激戦州のうち、踏み込んだ脱炭素化がマイナスに作用するのは、ペンシルベニア州とミシガン州である。現在の情勢では、バイデン大統領は両州ともに落とすと再選が厳しくなる。
ペンシルベニア州は、全米第2位の天然ガス産出州だ。天然ガスは州経済を支えており、バイデン政権が天然ガスを抑制する政策を打ち出せば、同州での大統領支持率は下がる。
実は、バイデン政権は、火力発電所のCO2排出規制を今夏にも最終決定する予定で、天然ガス火力(特に既設)に規制を課すかが争点となっている。2020年の選挙で公約した「2035年電力脱炭素」を実現すべく規制するのか、あるいは選挙対策で対象外とするのか、難しい判断を迫られている。
他方、ミシガン州はデトロイトを擁する自動車産業州であり、バイデン大統領の同州での勝利には自動車産業の労働組合(UAW)の後押しが欠かせない。
ところが、UAWはバイデン支持ではあるものの、政権が進めるEVシフトを憂慮している。バイデン政権は2023年4月発表の自動車排ガス規制案で、乗用車の新車販売におけるEV比率を2032年に67%に引き上げようと目論んだ。しかし、今春、最終決定する際には、UAWに配慮し、規制の強度を弱める可能性がある。
ここで問題になるのが、激戦州を意識して脱炭素化の政策を緩めると、今度は若年層や環境団体が離れてしまうことだ。特に若年層への訴求は再選戦略のカギで、バイデン陣営は政府端末での使用が禁止されているTikTokのアカウントを開設したほどである。
実は昨年3月、バイデン政権は若年層の反発を受けた。アラスカのウィロー石油ガス開発プロジェクトを認可した際にTikTokで「#StopWillow」が急拡散したのだ。
バイデン政権は2024年1月に、自由貿易協定の非締結国に対するLNG輸出の新規認可を一時中断したが、これも若年層への訴求が狙いと見る向きがある。認可を中断するのは将来のプロジェクトであって、経済に直ちには影響しない一方、選挙戦で若年層や環境団体に訴求できるとの計算が働いたのかもしれない。
同様の計算は、2025年2月までに提出するパリ協定下の「2035年削減目標」にも当てはまる。発電所や自動車の排出規制を弱めつつも、経済影響がすぐには出ない2035年目標については、左派層の繋ぎ止めのため、選挙戦中に見栄えの良い数字を掲げても不思議ではない。
電力中央研究所 社会経済研究所 上席研究員 上野 貴弘
電気新聞2024年3月12日掲載
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